雑記

2012年4月14日 (土)

九州に行って来ました(3)

3日目。

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柳川水郷めぐり。
平日なので人も少なく、ポカポカ陽気の絶好の水郷めぐり日和。
若い船頭さんのトークもプロフェッショナル。
九州はバスガイドなんかも職業人としてのレベルがやたらと高く、そういう部分、昭和のいいところがまだ残ってる気がする。

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熊本城。
初めて行った。
なるほど、素晴らしい城でした。
松本城がすげえ好きなんだけども、ここも同じくらい気に入った。

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天守閣より。

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続いて阿蘇のミルク牧場。
アイスクリーム作って来ました(笑)。

復路は熊本空港からセントレアへ。
セントレアでラーメン食って締め。

お疲れさまでしたー。

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2012年4月10日 (火)

九州に行って来ました(2)

2日目。
稲佐山のホテルを出て、軍艦島上陸ツアーへ。

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3年前に来たときはまだ上陸はできなくて、接近して舟から見るだけのツアーしかなかったんだけれども、その後上陸できるようになった。

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でも、まだ小さい舟が多くて、しかも海が荒れてて、着く頃にはすっかり船酔い。
ゲロ寸前って感じ。
前日までは波が高すぎて欠航だったとのこと。
上陸ツアーが接岸できるのは年間100日くらいって言ってた。

舟が小さかったこともあるけど、島まで50分くらいかかる。
もっとすぐ近くにあるんだと思ってた。
実際に行ってみて改めて、よくもまあこんなところにギューギュー詰めで5000人も住んでたな、と。

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上陸。
ただし、島の大半は立入禁止。
居住区近辺は全部だめ。
これは採掘場。

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高層アパートはこれくらいの距離で限界。
船酔してなかったらもっと楽しかったんだけど。

復路は外で風に当たりながら過ごしたのでやや回復。

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長崎市内に戻ってめがね橋。
好天。

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まだまだ気持ち悪かったけど、負けずに昼食。
しかもトルコライス@きっちんせいじ。
完食。
食ったら食える。

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次は牧島へ。

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訪問先のおっちゃんが出してくれた捕れたてのアジの刺身と、地元の店のちくわ。
どちらもめちゃ美味。
ビールまで勧められたが、勤務中につき泣く泣く固辞。

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諫早干拓道路。
長良川の河口堰も近くを通る度に虫酸が走るが、ここはさらに規模がすごいな……。

その後フェリーで熊本へ。
南関のリゾートホテル泊。
近辺には何も無いのでホテルで夕食。
2日目終了。

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2012年4月 7日 (土)

九州に行って来ました。

しまった。ブログのことすっかり忘れてた。
今年はこまめに更新するつもりだったのに。

先月末、2泊3日で長崎~熊本に行って来ました。
一応、仕事。

1日目は京都から新幹線で博多まで、そこからさらに特急かもめで長崎へ。
電車にはまるで関心がないんだけれども、かもめの中でも今回乗った「白かもめ」は、同行した旅行会社の話によると鉄ちゃん垂涎の車両とのこと。
確かに革張りのシートは実に快適。
ちなみに、旅行会社の社員は、その過半が鉄ちゃんであるとのこと。
さもありなん。

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長崎着。

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路面電車にも乗りました。

稲佐山にあるホテルにチェックイン後、夕食のため思案橋横丁へ繰り出す。

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なんかいい感じ。

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一口餃子の名店「雲龍亭」へ。
満席で15分ほど待って、2階席へ通される。

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一口餃子。
1人前は10個。これは3人前。
美味い。

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メニューはこれだけ。
キモテキ、ブタニラもいきました。

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2軒目、近くの店でちゃんぽん。
これは失敗。
どうってことなし。

1日目終了。

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2012年3月16日 (金)

吉本隆明死す

最近めっきりメディアへの露出も減っているようだったので、調子悪いんだろうなあとは思っていたし、歳が歳なんだから仕方ないっちゃあ仕方ない。

個人的には、躊躇なく、全面的に信頼できる、ほとんど唯一の知識人だった。
自分が迷った時には必ず参照し、指針としてきた。
決して尊大になるまいと自戒し、その長年の自戒が身体化している、そういう人柄やたたずまい自体を、生き方のお手本のように思ってきた。

吉本隆明は、まだまだしっかりと読まれていないと思う。
在野の人だし、吉本自身がアカデミズムの人々には敵対的であることが多かったから、学者もあんまりちゃんと研究してくれないのかもしれない。

これを機に、著作がきちんと読み直されるようになればいいと思う。
今日は本ブログにやたらとアクセスが多いと思ったら、過去に書いた吉本ネタにたくさん人が来ているようだ。
こんな場末のブログがググって上位にヒットしてくるようでは悲しい。

橋爪大三郎のような、アカデミズムの中の優秀な信奉者がもっといろいろ言ったり書いたりしてくれるといいのに、といつも思う。

吉本の死を「戦後の終わり」と表現した報道も見かけたし、内田樹も「戦中派の時代は完膚なきまでに終わった。時代は軽くなっていく」というコメントを出している。
「とってもためになるおじいちゃんの話」を出来る人が、これでもう完全にいなくなったということだ。
そこには、決して忘れるべきでない大事な中身が詰まっていると思うのだけれども。

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2012年1月 4日 (水)

謹賀新年

あけましておめでとうございます。

昨年はすっかり更新を怠けてしまいましたが、今年は気分一新してなるべく頑張りたいと思います。

(シリーズにしてた「PCオーディオへの道」は、まだまだこれからが本編のつもりだったんだけども、気がつけばもう2ヶ月ほったらかしで、facebook の方にちょこちょこ書いちゃったこともあって当初のモチベーションをすっかり喪失してしまったので、中断します。
いちばん最後の結論だけ言うと、要するにオーディオ環境がすごく快適になって、音楽を聴く時間が格段に増えました。)

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2010年8月30日 (月)

稲刈り:余談

うちの田舎には、方言の研究者が調査に来たりしてたくらい、古いボキャブラリーが残っている。
もうぼくくらいの世代の人たちはかなり標準化されてしまっているけれども、伯父伯母の年代だと、いまだに頻繁に聴き慣れない言葉を使う。
子供の頃から聞いているので、たいていは理解しているつもりだけれども、いまだに新しい発見をしたりすることもある。

今回の稲刈りで、田んぼの畦で一休みして伯母と話していたときにも、ひとつ新発見した。

同じ集落の中の、近所の娘さんの話。
よくできた娘で、この春に大学を卒業して1人で暮らしているのだけれども、父親がおらず母親だけが田舎にいるので、休みの日には帰ってきて家の世話をする。
女の子なのに、稲刈り機まで運転して、農作業も昔からよく手伝う。

その娘さんを指して、
「よう埒の明く子
だと言う。

埒が明かない、というのならよくわかる。
埒が明く、というのは聞いたことがない。
そもそも、そういう言葉が、田舎のおばあさんの、日常の話し言葉の中に出てくることにちょっとびっくりする。

家に帰って調べると、「埒」というのは、

かこい。しきり。特に馬場の周囲の柵。

だそうで、「埒が明く」は、

物事がはかどり決まりがつく。かたがつく。

とある。
用例は、現代語だと
「君と話しても埒が明かない」
と、やはり否定形のみ。
肯定形の用例は、日葡辞書から
「ラチノアイタ人」
というのが引用されている。(以上、うちの大辞林より)
ボルトガル人が日本にやってきた当時には、恐らく普通に使われていた表現なんだろう。

だから、「埒の明く子」は、用法としては、どうも合っているらしい。
よく間に合う子、といった意味であろうことは、文脈からも容易に想像できた。

こういう表現が失われていくのは実に惜しい。
これからぼくも使ってみようかと思う。

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稲刈り

先週末は土日つづけて田舎で稲刈り。

稲刈りは、うちのような規模であれば、基本的に男2人いれば成立する作業で、同時に大勢がいても大して仕事がない。
少人数で、何日かかけて、ぼちぼちやる。
だから、例年は駆り出されない年の方が多い。
が、今年は田舎の伯父が直前に体調を崩した。
もう回復はしているけれども、さすがにもう70代も後半なので、徐々に弱ってきているし、何より本人が弱気になっている。
急遽出動要請がきたので、仕事をキャンセルして、何年ぶりかの稲刈りをすることになった。

稲刈り機が新調されている。
田植機という機械の見事さにも惚れ惚れするが、稲刈り機もすごい。
これを考えた人にはノーベル賞あげたい。

こんな猛暑の中での稲刈りは初めてだ。
稲刈りは体中がチクチクしてくるので、長袖長ズボンで全身をガードするのだけれども、暑くて長袖が着ていられない。
でも、黄金色の田んぼと、その向こうには深い緑色の里山、その上に深い青の空と真っ白な入道雲。その真夏の強烈なコントラストの中で稲刈り機に乗って、のんびり稲を刈るのは、実に気持ちがいい。
いつも思うのだけれども、農作業は最高のストレス解消になると思う。
張りつめていた神経がぐにゃぐにゃに弛緩するような気分になる。
と言うか、気分がのんびりしてきて、それで初めて、自分がぴりぴりしていたことに気付く。
適度に身体を動かして、汗をしっかりかくのもいいのだろう。

特に稲刈りは、収穫の喜びが伴うから、余計いい。
刈り取った籾はすぐに乾燥機に入れて乾燥させるのだけれども、うちの乾燥機には、田んぼ3反分の籾しか入らない。
だから、1日の作業は、3反刈ったら終わり。
1日で3反はちょろい。
朝からお昼前まで働いて、昼休みは3時までごろごろする。
ビールも1本だけ飲む。
3時になったらぼちぼち再開して、日が暮れるまでにはじゅうぶん終わる。
夕方はまた涼しくて快適。

稲を刈り始めると、すぐにツバメがたくさん集まってくる。
稲の中に潜んでいた虫どもが、刈り取られた田んぼに続々と露出し始めるので、それを狙ってくるのだと思う。
カラスも集まる。
籾をついばんでいるように見える。
カエルやイナゴが跳ね回る。
どういうわけか、スズメはいない。
昔はたくさんいたように思うけれども。

稲刈り終わって、シャワー浴びてから飲むビールは、何よりも美味いです。

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2010年6月 3日 (木)

マテ貝採り

うちから東へ自転車で10分も走ると海に出て、そこは潮干狩りで有名なところなので、毎年ゴールデン・ウィーク頃をピークに観光客もたくさん来る。
観光客が集まるエリアはいちばん遠浅で見晴らしもよくて、アサリもばらまいてあるらしいけれども、有料であって、地元民はもうちょっとはずれた金のかからないエリアで、天然物を狙う。
アサリは昔に比べると減ったけれども、バカ貝(とこの辺では言う。「青柳」のことです)などはまだよく採れる。

マテ貝採りというのは、やり方は知っているし、やってる人を見かけることもあるけれども、もう近頃はあんまり採れないと聞いていた。

ところが、行きつけの店で二十数年ぶりに再会した小中学校の同級生と話していたところ、いやいや、結構ざくざく採れるぞ、と言う。
毎年必ず行っているらしく、また今度も行くから一緒にどうかと誘ってもらったので、俄然やる気が出てきて、子供を連れて行ってみることにした。

そういうわけで、大潮だったこの前の日曜日、子供2人を車に乗せて、行ってきました。

指定された海岸は、いつも我々が行く馴染みのビーチから数キロ北。
自転車でも楽に行ける距離だけれども、今まで一度も行ったことがない場所だった。
意気込んで干潮よりもずいぶん前に行ったのだけれども、既に人はぱらぱらいて、みんなアサリを採っている。
こんな場所があるとは知らなかった。
思いっきり地元なのに。

やがて同級生のグループとも合流。
子供たちを砂浜で遊ばせながら潮が引くのを待ち、採り方の簡単なレクチャーを受けて、早速捕獲開始。

マテ貝採りは、とにかく面白い。
まずはクワやスコップなどで、砂の表面をさっと掻いて、マテ貝の穴を探す。
蟹の穴も多いので紛らわしいが、マテ貝の穴はひとまわり大きく、楕円形をしているので、慣れてくればすぐに判別がつく。
穴を見つけたら、そこに塩を入れてやる。
すると、潮が満ちてきたと勘違いしたマテ貝が穴から一瞬ちらっと顔を出す。
そこをすかさず捕まえる。

捕らえ損ねると、いくら穴を掘ったってもう遅い。
マテ貝は瞬時に40cmも50cmも奥深くに引っ込んでしまうらしいので、あきらめるしかない。

塩を入れたらすぐに出てくるやつもいれば、しばらく待たないと出ない慎重なやつもいる。
比較的長く顔を出しているやつもいれば、ちょっと出ただけですぐに引っ込んでしまうやつもいる。
マテ貝の殻は柔らかいので、強く握るとすぐに割れてしまう。
かと言って、穴の中に戻ろうと抵抗する力もかなり強いので、ある程度はしっかり握らないと引き出せない。
簡単すぎず、難しすぎず、その加減がちょうど良くて、非常に楽しい。

小2の娘は気持ち悪いと言ってさわろうとしなかったが、小6の息子は夢中になっている。
天気もよくて、海にいるだけでも気持ちいい。

所用があって、干潮のピークの時刻を迎える前、1時間ほど採っただけで帰らなければならなかったのだけれども、それでも15本(匹? 個?)くらい採れた。
家族で食べるにはちょうどいい量だ。
同級生グループは大人5人がかりで大規模にやっているので、なるほど確かにざっくざく採れている。

夕食時、プライパンにバターをひいて火にかけ、スパイス塩、ニンニクをまぶし、酒蒸しにした後、醤油で味付けして食べた。
見かけがグロいだけに臭みがあると食う気になれないので、念入りに味付けする。
それでも子供たちは結局あんまり食べなかった。
美味しいのに。
夏のビールには最適だ。

実に楽しかったので是非また行きたいと思うのだけれども、もうそろそろシーズンも終わる。
潮時カレンダーと自分のスケジュール表をつき合わせてみたところ、残念ながらもう今年は行けそうにない。

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2010年4月 2日 (金)

衣類乾燥機の故障

結婚してこの春で12年過ぎた。
うちの電化製品は全て結婚時に買ったものなので、どれもそろそろガタが来始めている。

地デジ化のせいで、意外にも最も早く買い換えることになったのはテレビだった。

が、エアコンも、冷蔵庫も、洗濯機も、どれもみなそろそろあやしい。

そうした中で、先頃、衣類乾燥機がついに壊れた。
中のドラムが、回っているような回っていないような微妙な感じで、衣類は全く温かくならず、従って全く乾かない。

12年前のモノなので、当然、最近のような洗濯乾燥機ではなくて、全自動洗濯機の上部に取り付けパーツで設置された、巨大な四角いやつ。
もうこりゃダメだろうと思ったので、価格comとかで買い換えを調べてみると、同タイプのものが3万5千円くらいで買える。
うちの家電は、義兄の社販を利用したので、全て日立製だ。
日立の現行製品を調べてみると、洗濯機に取り付けるパーツはなんと12年前と同一の型番で、そのまま今のと入れ替えてぴったり設置できる。

いっそ洗濯機ごと、いまどきの洗濯乾燥機に買い換えようかとも思ったのだけれども、サイズを測ってみると、ドラム式でも縦型でも、うちの洗面所の防水パンには収まらないことがわかった。

3万5千円くらいならまあいいだろう。
洗濯乾燥機は、洗濯も乾燥も仕上がりがいまいちだって言うし。

それで愚妻にも話して、もうこれで注文しちゃおうというところまでいった。

いったのだけれども、いや、どうせ捨てるんだから、一度自分でバラしてみようと思い立った。

休みの日、家族が出かけた隙に、一人で洗濯機の上から取り外し、さてどこのネジから外そうかと様子をうかがって、やはりここはオーソドックスに裏側のパネルを外してみるべきだろうと決めた。
で、外してみたら……。

何のことはない、裏側のファンとモーターをつなぐゴムのベルトが切れていた。
それでモーターが回ってもファンが回らず、正常に動作しないのだと思われる。

このベルトをつなげばいいだけのことであるのは明らかだ。

しかし、それが難しい。
ちょうど、小学生が使うような安物のゴムの縄跳びのようなモノで、それが直径30cmくらいの輪っかになっている。
素材自体は、弾力も太さも、まさに縄跳びで代用できそうなのだけれども、それが輪っかになっていないといけない。
結び目があっては、ファンやモーターの溝にはまらない。
うーん、どうしたものか。

ダメもとで、日立のカスタマーセンターに電話してみることにした。

こういうのは、素人が自分で修理するような設定にはなっていないはずで、従って、取説は見てないけど、どうせ、危険ですので分解しないで下さい、とか、故障の際はサービスセンターにご相談下さい、とか、そういう前提で、「修理扱いになりますのでお近くの代理店へお電話して下さい」とか何とか言われるのだろう。

と思ったら、あっさり、「修理部品の在庫がございます」。
「あのう、裏側のファンとモーターをつないでるゴムの丸いベルトみたいなの、取り寄せできませんか?」って言ってみたところ、「しばらくお待ち下さい」の後で、「お近くの量販店等で、『丸ベルト』で注文していただければ大丈夫です」とのこと。
『丸ベルト』っちゅう、見たまんまの名称にも拍子抜けした。

注文したら、3日くらいで届いて、735円。

一発で直りました。
めちゃくちゃ簡単。

とても気分がいい(笑)。

DIYの趣味が昂じて、まずは何でも自分でやってみようとするようになった。
やってみると、たいていのことは自分で出来る。
ネットで調べれば、ほとんどのことは解決の糸口が見つかる。
そして、自分で出来ることは自分でやった方が、たいていは満足感が得られる。
何より、手を抜かれる心配をしなくてよい。

3万5千円の予定が735円で済んだのだから、その分、しばらくは晩酌のお酒をランクアップしてもいいだろうと思う。

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2010年3月28日 (日)

計るだけダイエット 補記

人間の身体は、飢餓ベースでプログラムされている。
常に食べ物が潤沢にあり、ちょっと小腹が減ったらいつでも空腹を満たすことが出来る、などという状態は、せいぜいここ数十年の、裕福な国に住む人間のみが享受する特殊な状況であって、人間の身体感覚の基本は空腹状態である。
人類は、これまで何千年も何万年も、ずっと飢餓ベースで存在し続けてきた。
従って、必要以上のカロリーを摂取した場合、人間の身体はそれを飢餓に備えて蓄積しようとする。
飽食・過食による肥満に対応するほどには、人間の身体はまだ進化していない。

というような話をどこかで読んだのだったか聞いたのだったか。

なるほど、そうに違いない。

計るだけダイエットを始めて、昼食の量を減らした。
結構減らした。

それで、夕方には腹が減ってくる。

夜中に小腹が減っても、スナック菓子で寝酒を飲むのを自制するようになった。
結構自制している。

それで、寝る前には空腹であることが多い。

そのようなときには、この「飢餓ベースの身体感覚」について考えることにしている。

我々は満腹ベースの食生活になれてしまっているので、ある程度腹が満たされている状態をデフォルトと感じるのが通常で、「空腹」を異常事態ととらえ、ちょっとでも腹が減るとすぐにそれを満たそうとしてしまう。
そこの発想を逆転し、「腹は減ってて当たり前」、「メシの際にも通常は満腹するほどの量は与えられない」という、飢餓ベースの身体感覚を、頭だけの理解ではなく、正に身体の感覚としてルーティン化してしまえれば、おそらくダイエットは次のステージへ進む。

前に、貧乏を楽しむ、というようなことを書いたような気がするけれども、空腹を楽しむ、というのもそれと同じことだ。

金持ちであることを楽しむのは誰にでも出来る。
また貧乏を苦にすることも誰にでも出来るが、逆に、貧乏を楽しめるようになれば、それはもう人生の達人である。
同様に、飽食を楽しむのは簡単だが、空腹に馴染み、腹七分目を是とする感覚を身体で理解でき、願わくばむしろその方が快であると感じられるようにまでなれば、身体に対する意識自体が変革されるのではないかと想像する。

おれには一生無理だと思うけど。

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