書籍・雑誌

2009年9月 7日 (月)

磯崎憲一郎『終の住処』

ずいぶん前に読了していたのだけれども、「あれぼくの先輩なんですよ!」みたいな話を周辺の人々にしまくる日々で(笑)、なんとなくここでは触れずに過ごしてきてしまいました。
時機を逸してしまったので、ごく簡単に感想を。

個人的には、前の『世紀の発見』で既に賞は獲っているべきものだったと思っているので、現実に獲ってしまった今となっては、まあ当然だろう、と。
後出しじゃんけんで。

一読した感想は、とにかく、これまでの作品に比べて更に読みやすくなったな、ということだった。
兄さんの小説の作法みたいなのは、基本的にデビュー作の『肝心の子供』から変わっていないと言えば変わっていないのだけれども、客観的にも、そして恐らく兄さん自身にとっても、あ、これだな、的に完成を見たのが3作目の『世紀の発見』だったのではないかと思う。
1,2作目の時点から既にあったものが、3作目でかなりはっきりした形になって、たぶんあの時点で兄さん的には、この書き方でいくらでも書けるな、というような感触が得られたんじゃないかと想像する。(ご本人に直接否定される可能性も想定しながら書いてますけど(笑)。スリリングだわ、このブログは)
そうしたご本人のすっきり感が作品にもそのまま反映されて、『世紀の発見』は、発表当時にもそう書いた気がするけど、前2作と比べて格段に読みやすくなったと思った。
読みやすくなった上に、更に深みも増した。だから、あれは本当に傑作だと思って、もうこれで芥川賞でいいじゃないか、と思った。

『世紀の発見』にはそういう愛着のようなものがあるし、ああいう「少年」もの(?)にもともと弱いというのもあるので、兄さんの作品でいちばん好きなのは?と聞かれれば、あれを答えると思う。

が、受賞作『終の住処』は、その『世紀の発見』よりも更に読みやすい作品だった。
それは結局、兄さんが兄さん自身の小説作法にさらに熟達してきたということであって、さらに洗練されてきたということに他ならないのだろうと思う。
おそらく兄さんは、しばらくはこのレベルの作品を連発できる、この書き方で当面どんどんいけるのではないか。

兄さん本人は、よく、「最初の一文だけ書き始めることができれば、あとはグルーヴで書く」といったような言い方をしておられるし、実際そうなんだろうけれども、グルーヴで書くって言っても、そこには当然ストラテジーもあれば作法もあるはずで、全くノリだけで書いてるわけではないはずだ。
要するに、そのグルーヴの方向づけって言うか、ノリをコントロールする術は絶対に必要で、そのグルーヴの作り方みたいなもの、ノリの持っていき方みたいなものを、兄さんはかなり意識的に、はっきりつかんだのだと思う。
それが完成したのが『世紀の発見』で、『終の住処』はそれが洗練されたものである、と。
そう思っておりますよ、兄さん(笑)。

しかし、いくら読みやすくなったと言っても、昨今の世間一般の小説の中では、圧倒的に読みにくい作品のはずだ。
それが、もはや13万部という、純文学においては例外中の例外的な、驚異的な売り上げだという。

兄さん、どこまで行くんすか。
今度サイン本送って下さい(笑)。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年8月 5日 (水)

『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』内山節 を読む

我々が歴史を記述しようとするとき、現在の価値基準に左右されることなく、史実に対して真に客観的であることはほぼ不可能である。
特に近代の歴史学は、政治史や制度史が中心であり、中央の歴史学であって、従ってそれは必然的に発達史となる。
現在の価値基準に包まれている我々から見れば、例えば江戸時代は、経済的にも、科学・技術的にも、人権意識においても、現代よりも「遅れた」「未開の」時代であったには違いない。
しかしそれは、現代の価値にからめ取られた我々に固有の、ごく一面的な判断でしかない。
実際のところ、江戸時代の村民が、どのような意識で、どのような精神世界を持って生きていたのか、本当のところは結局わからない。
少なくとも、「電気もガスも水道もないから不便だなあ」などとは思っていなかったことは確かだろう。
もしかすると、江戸時代に生まれた方が、精神的にはずっと豊かで幸せだったかもしれない。

1965年を境に、キツネにばかされるという話が日本中から消える。
キツネにばかされるはずがない、昔の人はそんな迷妄の中に生きていたのだ、というのは、現在の価値基準に束縛された、偏狭な見方でしかない。
むしろ、我々の方が、キツネにだまされるという意識の在り方、キツネにだまされることもあるという自然観や世界観を喪失してしまっている、という見方もあってしかるべきだ。

キツネにだまされなくなった、という事実は、確かに「発達」でもあるのかもしれないが、同時に「後退」でもある。
いや、歴史というのは現実には複合的なものであって、そもそも発達も後退も何もないのだろう。
アメリカ合衆国の建国と発展も、ネイティブ・アメリカンにとってみれば破滅の歴史でしかない筈だ。

では、現代の我々には理解不能になってしまった、かつてキツネにだまされていた人々を包んでいた世界というのは、いったいどのような世界だったのか。
そうした問題を捉えてみようとするのが、歴史学ではなくて、歴史哲学である。


……とまあ、ごくごく大雑把に言うとだいたいそのようなことが書かれている。
とてもいい本だった。
色んな本を読む前の、基本的な教養書として、若いうちに読んでおくのがいいと思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年7月15日 (水)

芥川賞!

磯崎兄さん、ついに受賞!
絶対とるだろうと思ってたけど、やっぱり。
すげえ!

| | コメント (6) | トラックバック (1)

2009年2月 3日 (火)

たくきよしみつ『デジカメに1000万画素はいらない』を読む

図書館でふと手にとって、最初は正直それほど期待せずに読み始めたのだけれども、2、3ページ読んだだけで「うーむなるほど」の連続。
(自分にしては)あっと言う間ににおしまいまで読んで、結果的には実に参考になった。
マニア向けではなく、あくまでも一般の初心者向けに書かれているけれども、ポスターサイズにプリントして写真展に出品する、とでもいうのでなければ、実際にはこの本に書かれているレベルの内容が最も役に立つと思う。

そう、以前から疑問には思っていたのだ。
うちの母親はカメラを趣味にしていて、デジタルも、ソニーのαなんとかっていう一眼レフを持っている。
もちろん1000万画素。
子供の運動会だの発表会だのの撮影はもっぱら任せているので、うちの子供たちのデジタルの写真は、母親が撮ったものが多い。
画素数がでかいから、ファイルも重くて、1枚が3MBを超える。
たくさん撮ってくれるのはありがたいが、うちの貧弱なPC環境では、だんだんつらいものがある。
そして何より気になるのは、ファイルがでかい割にはさほど美しくないということなのだ。
いや、もっと言うと、うちのデジカメで撮った写真の方がむしろきれいな気がする。

この本によると、その理屈は、おおよそ以下のようなことらしい。

デジカメでは、銀塩フィルムの代わりにCCDという撮像素子で画像を細かい光の点(画素)として記録する。
従って、画素数は、確かに多ければ多いほど解像度が上がるが、CCDの面積にはそもそも限りがある。
小さいCCDにたくさんの画素を詰め込めば、結果的に1画素あたりの面積が小さくなり、受け取れる光量が減少する。
だから、よほど細部をクローズアップすれば、1000万画素が500万画素よりも解像度が高いのはもちろんだけれども、写真を全体として見た場合、むしろ500万画素以下のモデルの方が、色の階調が豊かに見える。
そもそも1000万画素デジカメの画像は、200dpi でプリントしてもA3サイズを超えるという途方もない大きさであって、日常の実用には適さない……

うーむ、なるほど!

これは正に自分が普段から感じていた印象そのままだったので、実に目からウロコであった。
そう、母親のデジ一で撮る写真は、色調が地味なのだ。

対する自分の常用機は、ニコンのcoolpix5000。
2001年発売の、当時の coolpix シリーズのフラッグシップ機だと思うのだけれども、定価は15万。それを何年か経ってから中古で2~3万で入手した。
2/3型という、最近のモデルと比較すれば「巨大」なCCDを搭載し、画素数は500万。
正に本書の著者が理想的と考えるようなモデルではないかと思う。
やたらと操作が複雑で、ボタンも小さくていぢりにくいのが大きな大きな欠点だとは思うが、明らかに母親のαよりも色調の美しい写真が撮れる。

ちなみにこいつの前に使っていたのは、オリンパスのCAMEDIA C2040ZOOM というモデルで、こっちの方は、この著者も「名機」として紹介している。
F1.8という、後にも先にもない明るいレンズを搭載したカメラで、そのレンズの明るさに惹かれて買ったのだった。
そう、そもそもどうもこの人とは馬が合いそうなのだ。

前からなんとなく感じていたことが、本書によって論理的に裏付けられて、自分のcoolpix5000がよりいっそう愛おしくなった。
このようなタイプのデジカメは、もはや絶滅危惧種らしいのだ。

もちろん、一眼レフではないので、人物などを撮るときにボケ味が出せないのは確かに痛い。
その点では母親のαと比べるべくもない。
そういう写真を撮りたいときは、致し方ない、いつでも銀塩に戻って、長年の愛機、ニコンF3に頑張ってもらえばよい。

ともあれ、本書を読んで、俄然、デジタル撮影にやる気が出た。
これまでは、所詮デジタル、俺は最後までフィルムカメラと心中するぞというくらいの気分でいたのだけれども、デジタルの利便性の高さにはやはり抗しがたい魅力があるのも事実。
撮影上のヒントも本書からたくさん得た。
デジタル一眼レフの古くなったモデルを中古で買おうかと考えたこともあるけど、(例えばニコンのD1とか、定価60万とかだったのが今や2万とか……)、やっぱデジタルはこの coolpix5000 にいましばらく働いてもらおう。

あと、巻末に紹介されていた画像処理のフリーソフト「Irfan View」も素晴らしい。
著者が書いているとおり、フォトショップは重たくて頻繁に起動する気にはとてもなれない。
その点、Irfan View の機動力の高さは画期的だ。
こういうソフトがあると、なおさらデジタルの魅力は倍増する。

うーん、しかし、ますますF3の出番が減るなあ……。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年11月27日 (木)

磯崎憲一郎『世紀の発見』を読む

文藝冬号掲載の磯崎兄さんの3作目、やっと読了。
前2作同様に短い小説だけれども、時間をかけて、じっくり読みました。

『肝心の子供』、『眼と太陽』に比べると、ずいぶんと読みやすく、わかりやすい。
だからというわけでもないのだけれども、これは前2作よりもちょっと別のステージに行った傑作だと思う。
今回のを読んで、兄さんのモチーフが、かなりはっきりと見えてきた気がする。

前半では、子供として生きることの不条理が、美しいエピソードの積み重ねで丁寧に描いてある。
子供というのは論理的に整合が取れていないので、時間的にも空間的にも、曖昧で混沌とした世界に生きている。
大人にはあり得ないことが子供には起こるし、見えないものも見える。
この小説に書かれているエピソードは、もちろんどれも初めて読む話なのだけれども、同時に、どれも自分がどこかで体験したような、どこか懐かしいようなものばかりだ。
この小説を読み進めているときに、たまたま You Tube で自分が子供の頃に見た歌謡曲を集中的に鑑賞していて、それがまた妙にシンクロしたのもタイミングがよかった。
ぼくが70年代前半頃の歌謡曲を見ていると思い出しそうになる何か得体の知れない不思議な感触と、磯崎兄さんがこの小説の前半で描いている何かは、(一緒にしては申し訳ないけれども)、そう遠くはないものだと思っている。

後半、「彼」はいきなり大人になって、ナイジェリアに赴任している。
そして、数行で十年が経過したかと思うと、今度はもう日本に帰ってきて、妻子と暮らしている。
そうして、両親の子供であり、娘の父親である、その両方の間を往き来しながら、小説は終わる。

親が子を産み、子がまたその子を産む。そうやって連綿と続いていく人間の歴史の中の、ほんの一部として一生を生きることの不思議と不条理。その歓喜と悲哀。
ずばり兄さんのモチーフは、これではないか。
雄大な時間の中のほんの一部ではあっても、そこには確かな現実と具体性があって、始まりと終わりがあり、ひとつの完結した生がある。
しかしそれはまた同時に、巨大な全体の一構成要素でもある。
我々は、どのようにそのことと向き合って生きていけばよいのか。
前作などでも顕著なように、兄さんの小説が、その短い一編の中でも、時間的なパースペクティブをめまぐるしく伸縮させるのは、おそらくそういうことなのではないか。
そうやって考えると、今回の『世紀の発見』のラストが「古墳公園」であるというのも、極めて象徴的だ。

ひとりの主体として、我々はかくも自由だ。
と同時に、大きな全体の一部として、生かされているだけの存在でもある。
そのような、時間的存在としての人間の不条理。
どうですか、磯崎兄さん。
ずばり、これじゃないですか?(笑)

こんな壮大なテーマに真正面から取り組んでいる作家は、いまどきどこにもいないと思う。
次の芥川賞こそ、もうこれってことでいいんじゃないでしょうか(笑)。

前作『眼と太陽』もいつの間にか単行本化していたんですね。
みなさん、左欄のブックリストから、是非アマゾンへどうぞ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年6月 4日 (水)

磯﨑憲一郎『眼と太陽』を読む

磯﨑さんの文藝賞受賞第1作『眼と太陽』が「文藝」に掲載されたので、遅まきながらやっと入手して読了。
何故か近所の本屋には「文藝」だけ置いてなくて手間取った。

文藝賞受賞作の『肝心の子供』は、ブッダを材に取った偽史小説であったわけだけれども、今回は一転、時代モノではなくて、アメリカのミシガン州に赴任している日本人が主人公。
おそらくは磯﨑さん自身の体験も随所に反映されているであろうと思われます。

読み始めたときは、前作に比べてずいぶん作風を変えてきたなと思ったけれども、読み終えてみると、スルスルととらえどころのない奇妙な読後感はしっかりと前作に通底している。
2千年以上も前のインドを舞台にした3人称の歴史モノ(?)である1作目と、現代のアメリカを舞台に1人称で書かれたこの2作目は、結局は姉妹作と言ってよいくらいにどこかとてもよく似ている。
細部には「意味」らしきものがたくさん撒き散らしてあるのに、全体としてその「意味」を追いかけようとすると、場面が変わるごとに肩透かしを喰らって、「意味」はスルスルとこぼれ落ちていってしまう。
意匠を全く異にしながらも、この2作は基本的に同じ書き方で書かれた小説であるという印象を受けた。

別の言い方をすれば、この『眼と太陽』を読んで、磯﨑さんが1作目で意図していたことがようやく見えてきたような気がする。
磯﨑さんの小説のテーマは、この語り方にあるのであって、その素材は2千年前のブッダであろうが、現代の商社マンであろうが、特に問題ではないのではないか。

読み方、間違ってますかね?
磯﨑さん、次作も心待ちにしております。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年5月26日 (月)

吉本隆明『「反核」異論』を読む

少し前の「SIGHT」の連載インタビューで吉本隆明が83年の著作『「反核」異論』についてしゃべっているのを読んで、この本をもう一度読みたくなった。
うんと若い頃に一度は読んでいるはずで、そのいつになく激しい語り口については何となく覚えているような気もするのだけれども、具体的な内容は何も思い出せない。
おそらく当時は読んでもよく理解できなかったのだと思う。
今読むとおもしろいかもしれない。

ところが、この本、絶版になっているらしく、オンライン書店を検索しても出てこない。
アマゾンでは中古に2000円とか4000円とかの値がついている。
仕方がないので図書館へ行ってみたら、89年の新装版が書庫にあるというので、出してきてもらって借りることにした。

読んでみると、やはりこれがめちゃくちゃに面白い。
80年代頃の吉本の著作はまだまだやたらと難解で、自分としてはなかなか完読するのが難しいのだけれども、この本は比較的わかりやすく、割とすらすら読める。
それでも前に手に取った高校生の頃だか大学生の頃だかにはわからなかったのか、何もかも初めて読むような気がする。
だから、余計におもしろい。

この「反核」論争で吉本隆明は、当時の文壇や論壇から集中砲火を浴び、ほとんど孤立無援の状態となった。
それでもこの本を読むと、どう見ても正論を述べているのは吉本の方であって、そもそも当時吉本を攻撃していた人々は、吉本の論理をてんで理解していなかったらしいことがうかがわれる。
そして、吉本が本書で主張していることはいまだに有効であって、むしろ、今こそ再度耳を傾けるべき内容であるように思う。
こういう本を入手困難な状態にしておいてはいけない。

事の成り行きは以下のとおり。

81年に中野孝次らが中心となって文学者の反核声明を発表した。
結果的にこの声明は、500人以上の文学者の賛同署名を集め、2千万人の署名運動に進展し、また翌年の5月には三十五万人が集会に参加した。
この反核運動に、吉本が異を唱える。

吉本の論理は明快である。
中野孝次による反核声明は、アメリカのレーガン政権によるヨーロッパ核配備だけを一方的に問題視し、当時のソ連についてはうやむやに敢えて言及していない。この時期、ソ連は非核戦力によってポーランドの「連帯」を弾圧しており、結果的に、西ドイツの文学者たちに端を発するこのときの反核運動は、この「連帯」弾圧の隠れ蓑となっている。明らかにソ連製と言ってよい、党派性の強い動きである。……というのがまずひとつ。
当時、核戦争をおっ始めることができるのはアメリカとソ連だけなのだから、反核運動というのであれば、それは、名指しでアメリカとソ連を批判することでしか、運動としては成立し得ない。しかるに中野らの声明は、アメリカのやり方が一方的に問題であるかのような偏った情況認識に立った上で、「核戦争が起これば地球が全滅する」などというSF的な妄想で不安を煽るばかりの、全く意味のない内容になっている。……というのが結論。
従って、賛同したくてもしようがない、ということだ。

それは、吉本が最初にこの問題に言及した、「マス・イメージ論」の中の「停滞論」で、はっきりと語られている。
「停滞論」は、当時ベストセラーになっていた黒柳徹子「窓際のトットちゃん」と、この中野孝次らの反核声明を、2つまとめて批判した痛快な文章だ。
現在では再現することなどできようもない「トットちゃん」の育った教育環境を理想のように語る黒柳徹子の小説も、現実には運動として成立し得ない妄想のような反核理念も、一見正義を語っているようではあるが、実際にはいずれも現在の情況から安易に目をそむけているだけの、倫理的退廃でしかない、と吉本は一蹴している。(んだと思う)
特に気持ちいい箇所を引用してみます。

“これが「ひとたび核戦争が起これば」「全世界を破滅せしめるにいたること」はあきらかだから「人類の生存のために」「すべての国家、人種、社会体制の違い、あらゆる思想信条の相違をこえて、核兵器の廃絶をめざし」て「核戦争の危機を訴える文学者の声明」に署名をして欲しいという、中野孝次らの情勢認識である。もちろんわたしは、かれらにむかって、君たちは「人類」としてそんなに「生存」が心配なのかとか、君たちは誰からも非難や批判を受けなくてすむ正義を独占した言語にかくれて、そんなにいい子になりたいのかと半畳を入れたいのだ。そして誰からも非難されることもない場所で「地球そのものの破滅」などを憂慮してみせることが、倫理的な言語の仮面をかぶった退廃、かぎりない停滞以外の何ものでもないことを明言しておきたい。”

また、別の箇所で、同様のことをさらにわかりやすく以下のようにも言っている。

(三浦雅士との対談で)
“核戦争が一度起こると地球上の全生物を何度でも絶滅できる力を持っているんだとか、それは地球最後の戦争になるみたいなことを言っている。だから反対するんだと、そう言っているのね。だけど、全生物を何回でも殺せるようなものが始まったら、反対もヘチマもない。全部死んじゃうんだから、おまえも死んじゃえばいいじゃないかと言ってるのと同じじゃないですか。つまり、そんなのはニヒリズムじゃないですか。反対する意味がないじゃないですか。だけど言い方はそうなんです。これはぼく、からかいましたけど、SFにしかならないので、こんなのは『機動戦士ガンダム』とか『宇宙戦艦ヤマト』がとうに言っていることですよ。”

(鮎川信夫との対談で)
“鮎:ぼくは核戦争てものはないと思ってる。ないと思ってる者から見ればこんな馬鹿馬鹿しいことはないんでね。
吉:ええ、ぼくもこれは一種の核という宗教運動だと思ってるんです。この運動の有効性を確かめる手段は、核戦争が起こること以外にないんですよ。こんなアホらしいことってないですよ。人類の破滅なんてことを言うこと自体が矛盾なんですね。これはどこかで言ったこともあるんですけど、いま核戦争をする能力のあるのはアメリカとソ連だけなんだから、アメリカとソ連を名指しで非難するのなら政治的な大衆運動として成り立ち得る。しかしそれ以外だったら成り立ちようがないと思うんです。”

吉本は、この反「反核声明」の意思表示によって、「反核」の側から、集中砲火を浴びる。
しかも、その吉本への再反論は、おおよそ吉本の論理を理解していない稚拙なものばかりであって、ますますろくでもない方向へ暴走していく。
要は、「反核」に反対したから吉本は原爆賛成派であり戦争肯定派だ、などといったような、全く的はずれなものばかりで、そうしたお粗末な状況に、次第に吉本もキレる。
「ドブ鼠」だの、「このド阿呆が」だのと、いつになく語気の荒い吉本隆明を読めるのがこの『「反核」異論』のスリリングなところ。

思わず拍手したくなるほどかっこよく言い切っている箇所をまた少し引用します。

“たとえば「文学者の反核声明」の発起人の一人栗原貞子は、中上健次の「鴉」という作品に言及して「このような作品は、ヒロシマ・ナガサキの三十万の死者を冒涜し、今なお放射能の後遺症に苦しむ三十七万の被爆者を侮辱し、世界の反核運動に立ちあがった民衆に挑戦するものです。全国からとどくであろう抗議文のすべてを『群像』の次号に掲載し、『群像』編集部の不明を謝罪して下さい。」などとほざいている。いったいこの人物は、いつ誰の許可を得て「ヒロシマ・ナガサキの三十万の死者」や「後遺症に苦しむ三十七万の被爆者」や「世界の反核運動に立ちあがった民衆」の代弁者の資格を獲得したのか。思い上りや甘ったれもいい加減にしろ。お前がどんな文学者かわたしは知らぬが、お前はお前しか代弁することはできやしない。そのことが<文学>の意味であり<民衆>ということの意味である。お前はほんとはそのどちらでもないんだ。こういう言辞を中上が原爆ファシズムと評するのは当然である。わたしはこういう人物に対しては断乎として主張する。平穏な日常生活のなかで脳卒中の後遺症に苦しむ人も、老衰による自然死も、「ヒロシマ・ナガサキ」の被爆者の後遺症や、その死とまったく同等であり、「世界の反核運動に立ちあがった民衆」も、そんなものにいっこう立ちあがらずに平穏な日常生活をその日その日なんとなくすごしている民衆も同等である、と。「反核運動に立ちあがった民衆に挑戦」するのが不当ならば、そんなものにいっこう立ちあがらないその日ぐらしの民衆に「挑戦」するのも不当なのだ。”

「誰からも非難や批判を受けなくてすむ正義」を振りかざすと、間違いなくそれは暴走を始める。
抑圧的な構造を作り出していく。
そのことに吉本は、大きな危機感を持っている。
反核声明に反対しただけで、自分がすぐに原爆賛成派、戦争肯定派にしたてあげられていく状況を、吉本は「社会ファシズム」だと言っている。
以下、三浦雅士との対談から、その辺のことがわかりやすく語られている箇所を引用。

“社会ファシズムですね。反核声明を批判するためには、文壇から全く追い出される覚悟が必要なんですよ。そういうように持っていくところに、彼らのファシズムがあるわけです。だから批判しなきゃいけないんだけれども、批判するにはそれだけの覚悟がいるようにちゃんとでき上がっているんです。井伏鱒二から始まって、文壇の年功序列が全部含まれているわけでしょう。これをぶったたいたら、おまえ、食いっぱぐれになるかもしれないぞということは一応考えなくちゃね。それをやらなければ、けんかできないわけですよね。
 それから、ぼくを例にとれば奥野健男みたいな親しい友人が署名しているわけでしょう。埴谷雄高さんにしろ、島尾敏雄さんにしろ、文学者としていい作品を書いていて、ぼくが敬意を表している人もいるわけですよね。だけども、おれがやったらそういう人たちとも仲たがいになるかもしれない、そういう覚悟もいるわけですよね。そういう覚悟がなくて不用意にはできないということはあるでしょう。
 だから、ああいうやり方は一番いけないことなんですね。それは社会ファシストのやり方だということね。つまり、戦争中の文学報国会の裏返しだということで、それは歴然としているわけですよね。こんなものはやっつけないといけないわけですが、それだけの覚悟はいるんですね。だけど、ぼくは、これはそら恐ろしくなったから、ちょっとやってやろうと思っているわけです。単独でこのけんか買った。日本<旧左翼>と日本文壇と全部相手にしてやろうとだんだん思っているわけです。”

“ぼくはその恐ろしさを戦争中によく知っている。つまり、戦争中はそうなんです。大東亜共栄圏の確立のために何々するとかいうと、文学もまたそれに何とかしなきゃいけない。文学報国会ができて、それから社会全体もそうなっていく。それが疑問の余地ない“正義”なんですよね。それに対して反対だというのは声が出ないんですよ。一応はそれがどうしても“正義”だというように理解されてしまうんですね。そういうことはしこたま体験しているから、こういうのを黙っていてはいけない、つまり、これは文学報国会の裏返しだと思っているわけです。”

また別の箇所では、雑誌の一読者や大岡昇平からの批判に対して、次のようにも。

“この「一読者」と「大岡昇平」に共通しているのは、「文学者の反核声明」の発起人による「お願い」の趣旨、声明の「本文」それの何れにも賛成できないから署名などしようがないという、反対の意思表明を、「反核」自体にたいする反対にすりかえていることだ。つまり、発起人のなかのスターリニストが新聞の匿名欄でほざいているデマゴギイとまったく同じ手口に陥っている。何をそんなに上ずっているのか。まだ共通点がある。両者は反対と批判の意見の要旨をまったく読みえていないことだ。まだある。その上、両者は「“核廃絶”に難しい理屈は必要ありません。」(一読者)、「米ソ核大国の抗争にまきこまれて、戦略核限定戦争の犠牲になるくらい、ばかばかしきことなし。」(大岡昇平)という点でも共通している。
 この「一読者」や「大岡昇平」は何を勘ちがいしているのか。「核廃絶」が無条件的であり、「米ソ核大国の抗争にまきこまれて、戦略核限定戦争の犠牲になる」のは御免だから、米ソ両国を名ざして批判する反核しか成り立たないと主張しているのは、こっちの方であり、中野孝次、小田切秀雄、西田勝、小田実ら「文学者の反核声明」発起人らは、限定核戦争をやりそうなのは米国に責任があると云っているので、無条件「核廃絶」を主張しているのではないのだ。”

この「反核」論争(て言うか、ほとんど「論争」にもなってないけど)は、現在ならば、たとえば「環境問題」なんかに置き換えてみると、いまだに学ぶべき点がたくさんあるのではないかと思う。
「環境保護」とか「人権擁護」とかいったような、「誰からも非難や批判を受けなくてすむ正義」を振りかざす人たちを前にしたときの、何となくイヤな感じは、この「反核声明」のイヤな感じとよく似ている。
この「何となくイヤな感じ」は、やはり信用していいのだ。

『「反核」異論』には、文学者の反核声明に対する、そのような「イヤな感じ」、当初の感覚的な違和感についても共感できるような記述がたくさんある。

“中野孝次の「『文学者の声明』について」という文章は、不必要に揉み手をしているくせに傲慢な嫌らしい文章だ。わたしは最後の「強制はまったくなし。一枚岩の運動ではないのです。」という結びの文句を読みおわって、即座に、<ふざけやがるな。お前なんかには「強制」する資格もなければ、「強制はまったくなし」などと断り書きをいう資格もないのだ。何を勘ちがいしてるんだ>と……”

こういう箇所を読んで、思わず「そうそう! そういう奴ってそんな感じ!」と溜飲を下げた。
この数行だけで、「誰からも非難や批判を受けなくてすむ正義」を振りかざす人たちの無神経さが、実に的確に描写されていると思う。

自分は趣味のために排気ガスを撒き散らす大型のディーゼルエンジンの新車を買ったばかりのくせに、「ちょっと寒くなったからってストーブつけるな、厚着しろ」などと言って職場のストーブを消して回ったかつての同僚の話を、そう言えばずいぶん前に書いた。
一緒に食事をすれば、割り箸を使うな、塗り箸を持ち歩け、とうるさい。
そうした無神経さと、中野孝次の「強制はまったくなし」は、まるで同質と感じられる。
一言で言えば、「何をいい気になってやがる」としか言いようのない無神経さだ。

しかし、吉本が実際に集中砲火を浴びたように、このような吉本の主張はなかなか通りが悪く、「核に反対して何が悪いんだ」とか、「節約はできるところからすればいいじゃないか。塗り箸持ち歩いて何が悪い」とかいったような粗雑な議論をすぐに喚起してしまう。

もちろん、反核や環境保護が悪いわけがない。
反核や環境保護それ自体に反対するつもりはさらさらない。
うちの死んだばあちゃんは、鼻をかんだチリ紙でも折りたたんでまた懐に戻すし、使用後の割り箸だって持って帰るし、豆腐に醤油かけすぎると怒るくらいのケチだった。
しかし、当然ながら、地球環境がどうのとか温暖化がどうのとかいったことは一言も言ったことがないのであって、淡々と当たり前のようにそうやっていただけだ。
いや、仮にばあちゃんが地球環境を心配していたとしても(100%それはないけど)、地球環境を心配する気持ちや、戦争に反対する気持ち自体を批判するつもりも、当たり前だけども、さらさらない。

中野孝次の反核声明にも、確信犯である発起人たち以外に、集会に参加した数十万人、署名しただけの2千万の一般人がいる。
集会に参加した人はともかくとして、署名しただけの人は、単なる付き合いで署名した人もいるだろうし、単純に「戦争は厭だなあ」と考えただけの人もいるはずだ。
そのような「純朴な」人たちを、どのように考えるのか。
この辺のことについても、吉本隆明ははっきりと次のように言っている。

“今回のこの運動には、それとは違う層があります。五月二十三日の集会に動員された半政治的な数十万の大衆っていうものです。この人たちは言い出しっぺに「ダイ・イン」しろって言われてゴロッと死ぬ真似をしましたね。あれを自分で異常な行動だと気付かなきゃ嘘だと思うんです。その時ちょうどフォークランド紛争でアルゼンチンと英国の兵士が非核戦争で生命を落としている真っ只中でしょ。そこで白昼反核だと称して死んだ真似してるっていうのは嘘なんだ、自分がおかしいと気付かなきゃどうしようもないんです。だからぼくは数十万人に対する批判と、言い出しっぺの旧左翼に対する批判とが別個にありますね。数十万人に対しても、そんなこと気付かないのか、おかしいことしてるんだよ、そんなこと呑気にやってたらますます高度になっていく管理社会で、こらえてたたかいながら生きていけないよって言わなきゃいけないと思ってるんです。もう一つ署名した人が二千万人だかいるでしょ。これは素朴に「核戦争なんて厭だ」とか「戦争はもう御免です」っていう人かも知れません。この人たちに対してさし当たってぼくは言うことないんですよ。ぼくも町会かなんかで署名用紙が回って来たらわからないので、言うことないんです。つまり「お前たちは欺されてるんだぞ」と言う気持も、また軽んずる所存もまったくないんです。おじいさんやおばあさんが、死んだら浄土や天国に行けると信じてるのに対して「そんなのはないんだ」って言う気はぼくの思想には本質的になくて、「ええその通りです」って言う。ほかのことを言ったら、小賢しごとになるということです(笑)。だけどこの二千万人をおまえは肯定するのか、と問いつめられたとすれば、どこかで疑問を提出することにはなると思います。こうまで言い切ってしまうだけの器量はないんですけど、ほんとうは「善意ってのは地獄への道だぜ」ってレーニンみたいに言いたい。ちょっと言いきっちゃう自信はないですけどね。どこかでこの二千万人を越える道を探したいっていう気がするんです。”

極めて誠実な言い方だと思う。
ここまできっちり説明されても、当時の「反核」側の人たちはまだわからなかったのかとも思う。

SIGHTのインタビューでは、吉本は、「今ならもっと穏当な言い方ができる」と、若かりし頃(と言っても「反核」異論の頃は既に50代後半)の自分の激しい物言いに照れている。
そして最近は、同様のテーマについて、「いいことをするときは、よほど申し訳なさそうな顔をして、こっそりやった方がいい」というような言い方をしている。
いいことはさりげなく言え、悪態は大っぴらにつけ、といったような言い方もしている。
「この二千万人を越える道」へ、その後の吉本隆明は、着実に進んできているのだと思う。

最後にもう一つ補足。
この反核論争において、当初はキレていた吉本も、次第に「反核」側の反論の稚拙さにあきれ、冷静に状況分析を始める。
当時の反核運動の異常な盛り上がりの背景にあったのは何なのか、ということについて、以下のように書いている。

“現在「岩波文化」「朝日新聞」型の正統主義、教養主義、進歩主義は、サブカルチュアの質の優秀さ、量の膨大さから、かつてどの時代とも異った、誰もの想像を超えた規模の浸透力をひっかぶって、追詰められている。そのため経済社会的にも、理念的にも崩壊しつつある。また「岩波文化」、「朝日新聞」型の進歩文学者、旧左翼文学者、保守的な教養主義の文学者もまた、凋落と圧迫と経済的な不安を感じている。……また大衆芸能、大衆文化現象の氾濫と混乱、教育過多と退廃、また学校暴力と家庭の崩壊現象など、どれひとつをとってみても「岩波」「朝日」型の教養主義や旧左翼理念や、正統文化主義で、対応できるような限度を超えつつある。これらの情況に、いわば対応力を喪って、鬱屈の極限に達したソ連型(半アジア型)の進歩主義、左翼主義、正統保守文学者たちが、反動としての倫理の出口を、<反核>に見つけだしたといえる。”

つまり、この反核運動の盛り上がりは、サブカルチャーに追い詰められて出口を喪った岩波・朝日型正統文化主義・旧左翼が最後にそのフラストレーションの捌け口を求めた断末魔の叫びであった、と。
我々の世代からすれば、サブカルチャーとメインカルチャーの転倒というのは当然の事態であるように感じられるし、今の若い世代にとっては、もはやかつての岩波・朝日型の旧左翼的教養主義そのものが冗談のようなものでしかないのだろうけれども、80年代初頭の論壇でこのような立場を取るのが、極めてマイナーな存在であったことがわかって面白い。
もちろん、ちゃんと先が見えていたのは吉本の方だったわけだ。

絶版にしておくのは勿体ない名著であると思うので、多少高くてもやっぱり手元に置いておきたいなあと思いました。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007年11月30日 (金)

磯崎憲一郎『肝心の子供』

発売になりました!
少し前にも書きました、私の先輩の本です。
第44回文藝賞受賞作。
みなさん、ぜひお買い求めを。
左欄の「本のリスト」からアマゾンへGO!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年11月23日 (金)

池田清彦『やぶにらみ科学論』を読む

一時期あんなに騒がれていた「環境ホルモン」が全くニュースにならなくなって久しい。
どこやらの湖にすむワニの生殖器が退化しているだの、日本人男性も精子が減っていて子供が生まれにくいだのと、数年前までは毎日のようにテレビでも新聞でも話題になっていた。
それがある時期を境にぱったりとなくなったのは、ウィキペディアによると、いわゆる環境ホルモンの「検証実験事実が蓄積されるに従い、ほとんどの物質は哺乳動物に対する有意の作用を示さないことが報告され」たからとのこと。つまり、「環境ホルモン」はシロだったということだ。

基本的に、メディアが大きくとりあげるのは、「ニュース性の高いもの」であって、その確度についての責任の所在が外部である限り、必ずしも正確なものとは限らない。
また、一度火がつくと、際限なくエスカレートする。
そしてそれが「間違い」だったとわかったら、何事もなかったかのように別のネタへ乗り換えていくだけだ。

この本によると、「地球温暖化」もどうもあやしいらしい。
いや、温暖化は確かにしてるんだろうけれども、それが二酸化炭素の排出云々による人為的温暖化であるとするのは、かなりあやしいらしい。
明日の天気を予報すんのも難しいのに地球温暖化なんてそんな簡単にわかるもんか、っていうのはシンプルな実感としてそのとおりだと思うし、温暖化で海水面が上昇するというより低下すると考えたほうが合理的だ、というのも納得できる(おれが納得しても説得力ないけど)。

今年の冬は寒冬(っていうらしい、気象用語で)になるそうだけれども、暖冬のときだけ温暖化だ温暖化だと盛んに言われて、寒いときには地球温暖化の話がパタッとやむのも怪しいと思う。
ノーベル平和賞のゴアも、最近は月々の電気代が実は16万の贅沢暮らしだとかで叩かれてるし、そもそもゴアの主張には専門家からはかなり疑問視されてる部分があると聞く。
ゴアは70年代から地球温暖化に関心を持っていたとのことだけれども、この池田本によると、70年代や80年代に学者やマスコミが喧伝していたのは、温暖化ではなく、地球の寒冷化だったとのこと。
そう言えば子供の頃、またそう遠くない将来に大氷河期が来るのだというような話を聞いたような気がする。

この本では、その他にも、ブラックバス等の外来種の侵入ぐらい別にいいじゃねえか、とか、定期検診は体に悪い、とか、クローン人間くらい作ってもしょうがない、とか、自然保護って論理の底が抜けてるだろ、とか、構内全面禁煙は悪しき原理主義だ、とか、牛食ってる奴らにクジラ食うなとか言われたくねえよ、とかいったようなことが、痛快な理路で次々と語られている。
もちろん著者は科学者であるのであって、単に舌鋒鋭いだけではなくて、世間一般で言われていることよりも、こちらの方がよほど説得力がある。

もともと根がひねくれているのか、世間があまりに騒ぐと逆らってみたくなる。
タバコをやめろやめろとあんまり言われると、吸いたくなくても吸ってやろうという気になる。
「まだ使えるものを棄てるのはもったいない」と考えることに関しては、自分でもかなりレベルの高いケチだと思っているけれども、それでも他人に真顔で環境がどうの温暖化がどうのと言われるとムッとしてしまう(モノを粗末にする人を見てもムッとするけど)。

そういう「正しいこと」を言う人々に抵抗するには、それなりの覚悟と理論武装が必要だ。
何せ相手は「正しいこと」しか言わないんだから、手強い。
温暖化ってほんとに人間のせい?とか、リサイクルってほんとに地球にやさしいのか?とかいったようなことは、不用意に口に出すとえらいことになる。
だからたいていの場合は逆らわずにへらへら笑って済ませておくしかない。

この本は、笑って済ませられないくらい腹が立ったときのための(そんなこと滅多にないけど)理論武装にたいへん役立った。
池田清彦を読むのはこれが初めてだったのだけれども、今まで知らなくて損した。
毒舌だけれども、読むと幸せな気分になる。
こういう読後感を与えてくれる著者はそう多くないので、これはたいへんいい人を見つけたと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月26日 (金)

福岡伸一『生物と無生物のあいだ』を読む

評判どおり、実におもしろかった。
後半はだんだん話が複雑になってきて、図解を見ながら何度も読み返してしまったけれども、分子生物学について全く知識のない自分のような人間にも普通に理解できるように丁寧に書かれている。
何より文章がいい。
ミステリー仕立てと言うか、ドラマ仕立てと言うか、全体がたいへん周到に構成されていて、極めて論理的に話が進んでいく。
その全体の整合感と言うか、かっちり、きっちりとした作りが、読んでいて気持ちいい。

養老孟司なんかにしてもそうだけれども、理系でもほんとに優秀な人というのは、文章も巧い。
でもって、やっぱ理系だからか、論理構成がすっきりしていて、歯切れのよい文章を書く。
この章では何を書こうとしているのか、とか、この一節を書く目的は何か、とか、そういう基本的な構成が常にきちんと意識されていて、本来の趣旨を踏み外すことがないので、すっきり読める。
吉本隆明だってもとは理系だ。
吉本の文章が難解なのは、独特の詩的表現が含まれるからであって、言うまでもなくその論理構成は、何人の批判をも寄せ付けないほどに強固なものだ。

この福岡伸一の場合は、語彙も文芸的だし、今どきこんなドラマ仕立ての読み物にまとめてあったりする趣味からしても、かなり文系的な資質を持っているように見えるけれども、全体の質の高さと抜群のおもしろさを支えているのは、やはり論理の明瞭さだと思う。
文芸的な技量があっても、理系の人は、文体や語り口の妙だけで読ませるようなタイプのものは、やはりあまり書かないように思う。

いや、そもそも、文系とか理系とか、世間は簡単に人種を2つに大別してしまうけれども、本来は両方出来るのが本当であって、真に優秀な人はどちらもいける。
本来そうでなくちゃいけない。

人間の体が分子レベルでどうなっているのかとか、宇宙の果てはどうなっているのか、といったようなことは、文系も理系も関係なく誰もが一度は興味を持つのであって、高校で文系を選択したがために、次第にそのようなトピックから切り離されていって、気がつけば「文系の私にはわからないこと」として整理してしまっているのは惜しい。
逆に、理系では、文芸書など年に1冊も読まないというようなタイプが量産されていく。

て言うか、最近は文系の学生でも全く本読まないな。
文系って言うより、無系、みたいなの、多いよな。

この本にも、日本のアカデミズムの旧弊に嫌気がさして渡米した、というような記述があるけれども、現在の日本のシステムでは、養老孟司やこの福岡伸一のような、言葉本来の意味で知識人と呼べる学者はもはや育たないのではないかという気がしますが、どうでしょう?

| | コメント (0) | トラックバック (0)