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2012年2月 4日 (土)

山田風太郎『戦中派不戦日記』を読む(1)

たいへんためになった。
もっと早く読んでおけばよかった。

いわゆる戦中派、戦争当時10~20代だった人たちが、昭和20年8月15日をどのように過ごした(または過ごせなかった)のか、この本を読んで多少は実感的にイメージできるようになった気がする。

文中に「軍国主義を骨の髄まで叩きこまれた世代」という表現が繰り返し出てくるように、戦中派は天皇制以外の社会体制を知らない。
日本人の優越性を疑うことを知らず、疑う方法すらわからない。

山田風太郎は昭和20年当時23歳だから、戦中派の中でも比較的年長の部類と言ってもいいと思うが、それを差し引いても、この世代の中では図抜けて客観的かつ冷静に戦局や国内の状況を見つめていることに、まずは驚く。(巻末の解説で橋本治が鋭くも指摘しているとおり、それは幼い頃に両親をなくした山田風太郎の特異な境遇とも関係あるだろう)
日米間の圧倒的な国力の差や、大本営の場当たり的な対応など、戦争の渦中にありながら、青年山田風太郎は極めて的確に分析している。
それは、この世代における最高の知性の1つといってよいのではないかと思えるほどだ。

しかし、その知性を持ってしても、やはり天皇制を疑うことはない。
8月15日の無条件降伏をすぐに受け入れることはない。(12月頃の日記になってやと内面が大きく動揺し始めるのがわかる)

最後の一兵卒まで戦い抜くべきだったと繰り返し記述し、戦犯として逮捕された東条英機の潔くない態度に慨嘆し、8月15日以降、何の説明もないまま手のひらを返したようにアメリカに媚び始める政府や周囲の「大人」たちに疑義を呈する。

自分がそれまで1ミリの疑いも持たずに全幅の信頼をおいてきたもの、全身全霊を注ぎ死の瀬戸際に追い込まれながらも守ろうとしてきたものが、ある日突然完全に否定されてしまうという体験。
それが一体どういうものなのか、どれほど過酷な体験なのかということは、頭ではわかったつもりになっても、なかなか実感的にイメージするのは難しい。
それがこの本を読んでいると、少しはイメージできるような気がしてくる。

戦地のドキュメントというのはそれなりにいろいろあるし、映像なども比較的豊富だが、終戦間際の庶民の生活ぶりがこれほど詳細に記録されているものは初めて読んだように思う。
医学生として学徒出陣を逃れた青年山田風太郎のこの冷静な記述の中でもいちばん印象的なのは、思っていた以上に庶民の人心が荒廃していることだ。
終戦の直前直後には、もはや誰にも周囲を気遣う余裕などなくなっていることがよくわかる。

誰もが、日本が負けるはずがないと信じている。
しかし同時に、連日連夜大規模な本土への空襲が続く中で、圧倒的な国力の差、物量の差を痛感してもいる。
大本営の発表などもはや誰も鵜呑みにはしていない。
実はもう日本はダメなんじゃないかと皆が予感しながらも、それを口に出すことをはばかり、表面的には、負けるはずがない、最後の1人まで戦い抜くのだと強気に振る舞う。

戦中派で当時14~15だったうちの叔母などは、終戦間際になっても日本が負けるなど夢にも思っていなかったそうだが、青年山田風太郎はその欺瞞を看破している。
日本国民全員が芝居をしているようだ、と記述する。

なのに、そこまで客観的であり得ていながらも、同時になお「神州日本」の優等を信じて疑うことはない。
この知性と盲信の両立に、戦中派の悲哀を強く感じる。

(つづく)

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コメント

初めまして。ブログ拝見しました。2013.10.29.午前10時台頃のNHKラジオで、山田風太郎の64歳時の肉声インタビューを構成した文学番組を入院中のベッドで偶然聴きました。番組登場者の風太郎へのコメント中に、『戦中派不戦日記』への高い評価が述べられ、興味深く感じました。この作品と作家についてまるで無知でした。あなた様の読後感が大変参考になりました、感謝申し上げます。

投稿: 小林耕治 | 2013年10月29日 (火) 11時27分

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