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2011年6月

2011年6月 8日 (水)

音楽を語ることの困難について(4)

渋谷陽一の批評家としての大きな転機は84年頃にある。
この時期、渋谷は「ポップミュージックは売れなければならない」理論、「売れるものはみな正しい」理論(客観的に与えられた名称がいまだにないと思う。以下、長いので「ポップ理論」と略記)とでも呼ぶべき一連の文章を、ロッキング・オン誌上で立て続けに発表した。
それ以前と以後の渋谷陽一では、批評家としてのスタンスの取り方に大きな違いがあり、現在まで続く、その後の渋谷陽一、その後のロッキング・オン社の流れを決定づけたのは、このポップ理論である。たぶん。

渋谷陽一が邦楽(当時Jポップなんちゅう言葉はまだなかった)の専門誌を作り、浜田省吾や吉川晃司にインタビューするなんていうことは、80年代アタマ頃までは誰も思いもよらなかった。
誓って言うが、当時も今も、渋谷陽一には、浜田省吾や吉川晃司の音楽に対する個人的な興味など全くないはずだ。

それだけに当初は、「商業路線だ」「迎合だ」といったような揶揄もあった。
それまでは良心的なロックの紹介者であった渋谷が売れ線に走った、と。

また、ポップ理論自体も、当時、一般にはなかなか正当に評価されず、それどころか、ロッキング・オン社内でも、渋谷の言わんとするところを正確に理解している人はあまりいないように思われた。

ポップ理論の主張は、そう難しいことではない。
一言で言えそうだ。
言ってみます。

「ポップミュージックとは、旧来の芸術表現が持っていた特権性を構造的に解体する表現形式である。」

言えた。
これが最大のポイントだ。
だから、「ポップミュージックは売れなければならない」「売れたものはみな正しい」、となる。

この理論の画期的なところは、「売れる」「売れない」という極めて客観的な尺度でアーティストを評価でき、「ま、好みは人それぞれだから」などというあいまいで後味の悪いエクスキューズを許さないところかもしれない。
現実には、渋谷自身もそうすっきりと断定していたわけではないが、論理の流れからは必ずそうなる。

ポップ理論をもう少し詳しく振り返ります。

あらゆる芸術表現は、本来的に、持てる者と持たざる者を構造的に選別していく厳格なヒエラルキーの世界であって、作り手の側にも受け手の側にも、必然的に特権階級を生み出す。
これまで見てきたように、クラシックもジャズも、文学も美術も、芸術表現というのは誰にでもすぐわかるものではなく、それを創り出すのはもちろん、鑑賞するにもそれなり習練や経験、知識、素養と素質が要求される。
そして、許光俊が言うとおり、世の中には「いくら経験を積んでも美的感覚が洗練されていかない人」もいる。
だから、誠実に批評と向きあえば向き合うほど、「そういう人とは話が成り立たない」ことになる。
芸術家とは、崇高な芸術作品を創り出す特権的な才覚に恵まれた人々であり、そして受け手もまたそれを鑑賞する特権性を得るべく才覚に恵まれ習練を積んだ人でなければならない。

渋谷陽一がポップ理論で言わんとしたのは、ポップミュージックはそうした芸術表現の持つ特権性を解体する性質を構造的に与えられた表現形式なのだ、ということである。

ポップミュージックの「作品」は、レコードやCD、ビデオやDVDであり、また、様々なメディアに露出するアーティスト自身でもある。
そしてそれらはみな、「作品」であると同時に「商品」でもあり、作品が持つ19世紀的な意味合いにおける芸術的価値以前に、商品としての一定レベルの価値がなければ、そもそもゲームに参加することすらできない。

もちろん、そうした構造は19世紀までの芸術にも皆無だったわけではないと思うが、それが明確にシステム化されているのがポップミュージックの世界である。

そして、渋谷陽一は、こうした「商品」としてのポップミュージックの属性を、逆に積極的に信頼していくことで、芸術表現が持つ「特権性」そのものに大鉈を振るうという、大胆な方向に舵を切る。

「一般の素人には理解されなくてもいい」、「売れなくてもよい、大衆の理解は得られずとも、芸術性を追求する」……といった芸術家の姿勢、孤高のアーティストといったイメージは、従来、賞賛されるべきものでこそあれ、それに対して「もっとわかりやすいものを作れ」なんていうのは禁句であった。

しかし、と渋谷は問う。

それならば、一般の理解を拒絶してまで守らなければならない「芸術性」とは一体何なのか。
そうまでして守るほどの価値が、本当にそこにはあるのか。
それは結局、芸術家の表現エゴに過ぎないのではないのか、と。

言うまでもなく、芸術的価値と商品的価値、前衛と売れ線というのは、対立する概念ではない。
芸術的に高度でありなおかつ大衆の支持を得る作品、極めてラジカルで前衛的でありながらも大きなセールスを獲得する作品というのは、ことポップミュージックの世界においては、いくらでも例がある。

そうしたフィールドに身を置きながら、「売れなくてもいい、おれは自分のやりたい事をやる」というのは、単なるエクスキューズに過ぎない。
そこで守ろうとしているものは表現者のエゴでしかない、と渋谷は言うのである。

あらゆるポップミュージックはすべからく売れるべきである、というポップ理論のテーゼは、かようにして導出されたものだ。

これは画期的だと思った。
目から鱗が落ちる思いだった。
当時、この理論には計り知れないほどの影響を受けた。

ポップ理論以後の渋谷陽一は、個々のアーティスト批評よりも、こうしたポップミュージック全体を俯瞰した批評スタイルに変化していき、興味の対象も、「優れた表現者」から「売れているアーティスト」へとシフトしていく。
自社の雑誌で矢沢永吉やGLAYやX JAPAN を取り上げるようになったのも、おそらくそういう理由による。

この時期の渋谷陽一のインタビューのスタイルを振り返ると、個々の作品論よりも、売れているミュージシャンは何故売れているのか、売れなければ納得しないミュージシャン、自らに売れることを課すビッグネーム達の心性を探り出すスタイルになっているのが明確である。

売れているミュージシャン達は、その作品づくりにおいて、「売れる」ことをどのように内面化しているのかという問題を、以後の渋谷は一貫してテーマにしていく。

(つづく)

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