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2010年8月30日 (月)

稲刈り:余談

うちの田舎には、方言の研究者が調査に来たりしてたくらい、古いボキャブラリーが残っている。
もうぼくくらいの世代の人たちはかなり標準化されてしまっているけれども、伯父伯母の年代だと、いまだに頻繁に聴き慣れない言葉を使う。
子供の頃から聞いているので、たいていは理解しているつもりだけれども、いまだに新しい発見をしたりすることもある。

今回の稲刈りで、田んぼの畦で一休みして伯母と話していたときにも、ひとつ新発見した。

同じ集落の中の、近所の娘さんの話。
よくできた娘で、この春に大学を卒業して1人で暮らしているのだけれども、父親がおらず母親だけが田舎にいるので、休みの日には帰ってきて家の世話をする。
女の子なのに、稲刈り機まで運転して、農作業も昔からよく手伝う。

その娘さんを指して、
「よう埒の明く子
だと言う。

埒が明かない、というのならよくわかる。
埒が明く、というのは聞いたことがない。
そもそも、そういう言葉が、田舎のおばあさんの、日常の話し言葉の中に出てくることにちょっとびっくりする。

家に帰って調べると、「埒」というのは、

かこい。しきり。特に馬場の周囲の柵。

だそうで、「埒が明く」は、

物事がはかどり決まりがつく。かたがつく。

とある。
用例は、現代語だと
「君と話しても埒が明かない」
と、やはり否定形のみ。
肯定形の用例は、日葡辞書から
「ラチノアイタ人」
というのが引用されている。(以上、うちの大辞林より)
ボルトガル人が日本にやってきた当時には、恐らく普通に使われていた表現なんだろう。

だから、「埒の明く子」は、用法としては、どうも合っているらしい。
よく間に合う子、といった意味であろうことは、文脈からも容易に想像できた。

こういう表現が失われていくのは実に惜しい。
これからぼくも使ってみようかと思う。

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