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2009年9月

2009年9月27日 (日)

松田聖子 Blu-spec CD を買う

世間はビートルズのリマスターで賑わっているようだけれども、それとほぼ時を同じくして、松田聖子の旧作の Blu-spec CD化も進行中である。
ビートルズの方はほとぼりが冷めてから徐々に入手することにして、まずは松田聖子の最高傑作(と自分は思っている)『パイナップル』を購入した。

なんせ松田聖子の旧作CDは、これまで、まだまだデジタルのマスタリング技術が未成熟であったずっと昔にCD化された廉価盤しかない状態がずーっと続いており、デジタルリマスターは誰もが待ち望んでいたはずだ。
初期の松田聖子は、アナログオーディオの技術が最高レベルに達した80年代前半に、当時のCBSソニーが贅沢なスタッフを注ぎ込んで全力を挙げて製作した音源であって、本来、オーディオ的にも非常に満足のいくものである。
それが極めてお粗末なCD化技術(まあ当時はしょうがなかった)で、実に貧相なサウンドとなってしまっており、しかもその状態が20年くらい続いていたのではないかと思う。

満を持しての、ついに、いよいよの、リマスタリングである。
ビートルズ同様、大物はそうおろそかに手をつけられない、というのが、遅れた理由だろうか。

でも、1枚3000円は高い。
ビートルズより高い。
何枚か欲しいけど、1枚だけにした。
1枚だけならやっぱりこれ、『パイナップル』。
という話はずいぶん前にも書いたように思うので、『パイナップル』がどういいかについては省略します。

音はもうこれで申し分ない。
太くなった。
前が、ほんと情けないくらいペラッペラだったから、感慨無量。

おまけのDVDは、しょぼい内容です。
こんなおまけいらないから、値段下げて欲しい。
ブックレットは、たぶんアナログ盤のものが忠実に再現されています。
実家においてあるアナログ盤の中味と比べてみてはないけど。たぶん。

初期の代表曲だけでもこのリマスタリングされた音で聞きたいので、ちょうどよいベスト盤でもあればいいのだけれども、30日に発売のベスト盤『Diamond Bible』は4枚組で6300円。重すぎ。
そこまで松田聖子にこだわりません。
Disc 1 だけ売ってほしい。

昔、というのは80年代だけども、当時は『SEIKO INDEX』という初期のベスト盤があって、これが非常に素晴らしい選曲だった。
が、このアルバムは、ぼくの知る限り、1度も再発されていない。
これのリマスター盤があれば、1枚で事足りるのだけれども……。

なかなか商売上手のようである。

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2009年9月 7日 (月)

磯崎憲一郎『終の住処』

ずいぶん前に読了していたのだけれども、「あれぼくの先輩なんですよ!」みたいな話を周辺の人々にしまくる日々で(笑)、なんとなくここでは触れずに過ごしてきてしまいました。
時機を逸してしまったので、ごく簡単に感想を。

個人的には、前の『世紀の発見』で既に賞は獲っているべきものだったと思っているので、現実に獲ってしまった今となっては、まあ当然だろう、と。
後出しじゃんけんで。

一読した感想は、とにかく、これまでの作品に比べて更に読みやすくなったな、ということだった。
兄さんの小説の作法みたいなのは、基本的にデビュー作の『肝心の子供』から変わっていないと言えば変わっていないのだけれども、客観的にも、そして恐らく兄さん自身にとっても、あ、これだな、的に完成を見たのが3作目の『世紀の発見』だったのではないかと思う。
1,2作目の時点から既にあったものが、3作目でかなりはっきりした形になって、たぶんあの時点で兄さん的には、この書き方でいくらでも書けるな、というような感触が得られたんじゃないかと想像する。(ご本人に直接否定される可能性も想定しながら書いてますけど(笑)。スリリングだわ、このブログは)
そうしたご本人のすっきり感が作品にもそのまま反映されて、『世紀の発見』は、発表当時にもそう書いた気がするけど、前2作と比べて格段に読みやすくなったと思った。
読みやすくなった上に、更に深みも増した。だから、あれは本当に傑作だと思って、もうこれで芥川賞でいいじゃないか、と思った。

『世紀の発見』にはそういう愛着のようなものがあるし、ああいう「少年」もの(?)にもともと弱いというのもあるので、兄さんの作品でいちばん好きなのは?と聞かれれば、あれを答えると思う。

が、受賞作『終の住処』は、その『世紀の発見』よりも更に読みやすい作品だった。
それは結局、兄さんが兄さん自身の小説作法にさらに熟達してきたということであって、さらに洗練されてきたということに他ならないのだろうと思う。
おそらく兄さんは、しばらくはこのレベルの作品を連発できる、この書き方で当面どんどんいけるのではないか。

兄さん本人は、よく、「最初の一文だけ書き始めることができれば、あとはグルーヴで書く」といったような言い方をしておられるし、実際そうなんだろうけれども、グルーヴで書くって言っても、そこには当然ストラテジーもあれば作法もあるはずで、全くノリだけで書いてるわけではないはずだ。
要するに、そのグルーヴの方向づけって言うか、ノリをコントロールする術は絶対に必要で、そのグルーヴの作り方みたいなもの、ノリの持っていき方みたいなものを、兄さんはかなり意識的に、はっきりつかんだのだと思う。
それが完成したのが『世紀の発見』で、『終の住処』はそれが洗練されたものである、と。
そう思っておりますよ、兄さん(笑)。

しかし、いくら読みやすくなったと言っても、昨今の世間一般の小説の中では、圧倒的に読みにくい作品のはずだ。
それが、もはや13万部という、純文学においては例外中の例外的な、驚異的な売り上げだという。

兄さん、どこまで行くんすか。
今度サイン本送って下さい(笑)。

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