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2009年4月

2009年4月21日 (火)

週末のDIY

先週末、キッチン壁面に簡単なDIY。

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製作時間3時間。
端材も使ったので、材料費は1000円くらいでした。

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2009年4月15日 (水)

食あたり

日曜早朝。
早朝ソフトボールの新シーズン開幕。2番ファーストで先発出場。最終回はリリーフとして登板し、1失点。
バッティングは4打数1安打だったが、安打にならなかった打席も当たりは悪くなく、好感触だ。
開幕戦としてはまずまずの出来か。

午後。
今度は子供のソフトボールチームの当番で小学校のグラウンドへ。
今年は世話役ではないので、基本的には立って見てて誰かがケガでもすればバンドエイド貼ってやればいいだけなのだけれども、監督さんたちが一所懸命に教えてくれてる横でぼーっと突っ立っているわけにもいかない。
結局はずっとノックの補助をしたりキャッチボールの欠員を埋めたり等、半日グラウンドを走り回ることになる。

夕方。
1日走り回っていい汗をかいた。
家族を連れて回転寿司へ。
初夏のように暑かったこともあって、ビールが実に美味い。
1リットルほどゴクゴクと飲む。

深夜1時半。
ぐっすり寝込んだところ、真ん中の娘(6)が布団にゲロ吐いたと愚妻が起こしにくる。
結局娘は朝までに都合8回のゲロ。

ゲロの始末をしながら、愚妻も吐き気がする、悪寒がひどいと不調を訴えている。
2日前に娘と行った病院で胃腸風邪をもらってきたに違いない、と言う。

翌朝。
いつもの時間どおりに息子(10)が起きてきたが、動きが鈍い。
気持ち悪いと言ってぐったりしている。
熱はないようなので、娘の不調に便乗した仮病ではないかと最初は疑ったが、どうやら本当に吐きそうらしい。
仕方なく娘といっしょに学校を休ませる。
結局息子は昼頃に1発、大量のゲロを吐いたとのこと。
愚妻も38℃の熱で全く動けず。

昼。
自分は何ともないと思っていたら、だんだん胸がムカムカしてきた。
午後になると強力な下痢が始まり、どうやら熱も出てきた感じ。
しかし仕事が忙しく、帰るに帰れない。
この時点でようやく、これは食中毒に違いないと確信する。

夜。
帰宅して熱をはかると38.0℃。
昨日のソフトボールで筋肉痛まで出てきて、だるいやら痛いやら苦しいやらで、もはや何もできない。
ポカリスエットだけ飲んで寝るしかない。
娘は1日でほぼ回復していてもう元気。
息子はまだぐったりして寝ている。
愚妻は完全にダウン。
下の娘(0)は寿司食ってないからまるで元気だけれども、誰も世話できないから放置されている。
地獄絵図のようになってきた。

だんだん腹が立ってきたので、○○○寿司に電話。
自分の感触としては、95%寿司が原因だと思っているけれども、もちろん決めつけるわけにはいかない。
マイルドにこちらの状況をお伝えする。
わかってはいたけれども、当然ながら電話してどうなるわけもない。
食中毒を認定させるには実に面倒なステップを踏まなければならないことは、事前にネットをちらほら見ただけでわかった。
こっちはフラフラで、そんなことしてる余裕などとてもないのだ。

世の中にはきっとたくさんの食中毒が発生していて、明るみに出るものなど、ほんの氷山の一角なのであろうということを思い知る。

2日目。
娘は完全に回復して普通に登校。
息子もほぼ回復しているようだけれども、全然食えずに寝てばかりいたこともあってか、頭がクラクラして動けないと言うので、もう1日休み。
愚妻と自分は、熱はひいたものの、体の異様なだるさがつづく。
もちろん下痢もおさまらない。
もともと自分は下痢症だけれども、愚妻は鉄の胃腸を持つ女であって、下痢など数年に1度くらいしかしない。
その鉄の胃腸をも下してしまうのだから、やはりこれは異常な事態であるとわかる。

3日目の今日になって、やっと体のだるさがなくなり、仕事も普通にできるようになってきた。
が、まだ腹の調子はすっきりしない。

おかげで3日もアルコールを抜くことができました。
食中毒、恐るべし。
それと、やっぱり子供は早いな、回復。
ぴゅーぴゅーぴゅーぴゅーと、噴水のように、いや、水芸のようにゲロ吐くけど。

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