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2008年11月27日 (木)

磯崎憲一郎『世紀の発見』を読む

文藝冬号掲載の磯崎兄さんの3作目、やっと読了。
前2作同様に短い小説だけれども、時間をかけて、じっくり読みました。

『肝心の子供』、『眼と太陽』に比べると、ずいぶんと読みやすく、わかりやすい。
だからというわけでもないのだけれども、これは前2作よりもちょっと別のステージに行った傑作だと思う。
今回のを読んで、兄さんのモチーフが、かなりはっきりと見えてきた気がする。

前半では、子供として生きることの不条理が、美しいエピソードの積み重ねで丁寧に描いてある。
子供というのは論理的に整合が取れていないので、時間的にも空間的にも、曖昧で混沌とした世界に生きている。
大人にはあり得ないことが子供には起こるし、見えないものも見える。
この小説に書かれているエピソードは、もちろんどれも初めて読む話なのだけれども、同時に、どれも自分がどこかで体験したような、どこか懐かしいようなものばかりだ。
この小説を読み進めているときに、たまたま You Tube で自分が子供の頃に見た歌謡曲を集中的に鑑賞していて、それがまた妙にシンクロしたのもタイミングがよかった。
ぼくが70年代前半頃の歌謡曲を見ていると思い出しそうになる何か得体の知れない不思議な感触と、磯崎兄さんがこの小説の前半で描いている何かは、(一緒にしては申し訳ないけれども)、そう遠くはないものだと思っている。

後半、「彼」はいきなり大人になって、ナイジェリアに赴任している。
そして、数行で十年が経過したかと思うと、今度はもう日本に帰ってきて、妻子と暮らしている。
そうして、両親の子供であり、娘の父親である、その両方の間を往き来しながら、小説は終わる。

親が子を産み、子がまたその子を産む。そうやって連綿と続いていく人間の歴史の中の、ほんの一部として一生を生きることの不思議と不条理。その歓喜と悲哀。
ずばり兄さんのモチーフは、これではないか。
雄大な時間の中のほんの一部ではあっても、そこには確かな現実と具体性があって、始まりと終わりがあり、ひとつの完結した生がある。
しかしそれはまた同時に、巨大な全体の一構成要素でもある。
我々は、どのようにそのことと向き合って生きていけばよいのか。
前作などでも顕著なように、兄さんの小説が、その短い一編の中でも、時間的なパースペクティブをめまぐるしく伸縮させるのは、おそらくそういうことなのではないか。
そうやって考えると、今回の『世紀の発見』のラストが「古墳公園」であるというのも、極めて象徴的だ。

ひとりの主体として、我々はかくも自由だ。
と同時に、大きな全体の一部として、生かされているだけの存在でもある。
そのような、時間的存在としての人間の不条理。
どうですか、磯崎兄さん。
ずばり、これじゃないですか?(笑)

こんな壮大なテーマに真正面から取り組んでいる作家は、いまどきどこにもいないと思う。
次の芥川賞こそ、もうこれってことでいいんじゃないでしょうか(笑)。

前作『眼と太陽』もいつの間にか単行本化していたんですね。
みなさん、左欄のブックリストから、是非アマゾンへどうぞ。

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コメント

感想、サンクス。

力也が書いてくれたことは俺もたぶんそうなんだろうなあとは思うんだけど、でもテーマとかモチーフとか、俺もよく分からんのだよ。「作者なんだから、そんなことないだろ!とぼけてるんだろ!」とかいう人は当然よくいるのだが、しかし小説てのはそういうものなのだよ。作者が小説を書いているのではなくて、作者が小説に書かされているのだよ。だから強いて言うならば「小説に関する質問は、小説に訊いて欲しい」。

それにしても、良い小説だよね、『世紀の発見』。作者の俺より偉いぞ、『世紀の発見』。

70年代の歌謡曲は良いよね。メロディの持つ記憶の喚起力が、70年代の歌はそれ以前とか以降の歌に比べても異常に強いように思う。関係ないけど、先週The Whoの武道館行って来た。演奏はいまいちだった。

投稿: 磯﨑憲一郎 | 2008年11月27日 (木) 01時00分

いやいや、どうもすいません。著者ご自身に返答をいただこうと思っていたわけではないので(と言いながら、文中で呼びかけてますが……)恐縮至極です(笑)。だいいち、そもそも著者ご自身に「当たり」とか「はずれ」とか言ってもらっちゃあまずいですよね(笑)。て言うか、逆に、論ずる側としては、著者に否定されようとも「いや、あなたは自分でわかっていないだけでほんとはこうなんだ」っていう姿勢でなきゃいかんですしね。
いや、でもほんと、いい小説だと思いました。これを読んで、前2作ともちゃんと1本の線でつながった気がしました。
兄さんご自身にテーマとかモチーフとかいうものが意識としてなくても、目線のもってきかたって言うか、小説全体の作り方って言うか、そういうのが『世紀の発見』を読んで見えてきたように思います。で、やっぱり兄さんの小説は、壮大なパースペクティブで出来てると思うんですよね。
芥川賞、今度こそはマジで取れると思うなあ。

投稿: riki | 2008年11月27日 (木) 01時27分

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