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2008年5月29日 (木)

キンクスを聴き直す

キンクスのCDは、20年くらい前に買った『Something else by the Kinks』と『The Village Green Preservation Society』の2枚だけを持っていて、その2枚はたいへん好きで、20年くらい前はよく聴いていたのだけれども、それ以後は基本的に疎遠だった。
それより前、中学生か高校生の頃には、『Schoolboys in Disgrace』とかを友達にダビングさせてもらったカセットテープで持っていたはずなんだけれども、あまり印象に残っていない。

ご存じのとおりキンクスは、ビートルズやストーンズやフーと同期の、本国では超VIPなわけであるけれども、日本ではたいそう地味で、一般的にはせいぜいデビューアルバムの「You Really Got Me」くらいのイメージではないかと思う。
「You Really Got Me」は、ハードロックの始原として言及されることが多いし、実際、確かにあのようなリフ主体の曲(て言うか、リフだけで出来た曲)というのはそれ以前には見当たらず、当時においては革命的な発想だったのかもしれない。
が、あのような曲は、基本的にあれだけであって、本来のキンクスの持ち味は、全く別のところにある。
正直、キンクスの魅力は、日本人には非常にわかりづらい。

まず、演奏の下手なのが、どうしても気になる。
ライブが下手なのは仕方ないにしても、スタジオ盤でも気になるくらいに、演奏力が低い。
加えて、レイ・デイビスの歌も決して上手くない。て言うか、はっきりと下手だ。
聴いてるとどうも「曲はいいのになあ……」という気になってくる。

……とまあ、キンクスに対する個人的な認識は、おおよそ以上のようなままでずっと経緯していた。

それが、しばらく前になんとなくまた『Something else by the Kinks』を聴いていて、なんとなく歌詞カードを手にとって読み始めたら、なんだかどんどん印象が変わってきた。

やはり、レイ・デイビスは、歌も演奏もダメだけれども、ソングライターとしては超一級だ。
そもそも、ビートルズやストーンズがまだ黒人音楽のコピーばっかりやってた最初期から、キンクスだけは既にオリジナル曲をどんどん作っている。
そして、レイ・デイビスの書く曲は、極めてイギリス的なウィットとシニックに満ちたものであって、その辺が我々日本人には実にわかりにくい。
しかし、その雰囲気をひとたび理解すれば、そこには何とも言えない味わい深い世界が待っていたのだ。
そのことに今頃気がついた。
曲がいいのは十分わかっていた。
でも、やはりキンクスは、歌詞も併せて理解しなければいけなかったのだ。
そうすれば、あの下手くそなレイ・デイビスの歌さえもが、また何とも言えない魅力をたたえたものに聞こえてくる。

例えばポール・ウェラーがカバー(て言うかほとんどコピー)した「David Watts」はこんな詞だ。

I am a dull and simple lad
Can not tell water from champagne
And I have never met the queen
And I wish I could have all that he has got
I wish I could be like David Watts

He is the head boy at the school
He is the captain of the team
He is so gay and fancy free
And I wish all his money belonged to me
I wish I could be like David Watts

And all the girls in the neighborhood
Try to go out with David Watts
They try their best but can't succeed
For he is of pure and noble breed

Wish I could be like David Watts

僕はさえない単純な男
水とシャンペンの違いもわからない
女王陛下になんっか会ったこともない
ヤツが持ってるものを全て手に入れられたらいいのに
デビッド・ワッツのようになれたらいいのに

彼は学校の代表で
チームのキャプテン
快活なタイプで恋になんて興味がない
ヤツの金が全部僕のものになればいいのに
デビッド・ワッツみたいになれたらいいのに

近所の女の子はみんな
デビッド・ワッツを誘い出そうと必死だけど
うまくはいかない
ヤツは純粋で高貴な信念の持ち主なんだ

デビッド・ワッツのようになれたらな……

これは要するにイギリス貴族の優等生のおぼっちゃまを皮肉った曲だということに、恥ずかしながら、今まで気づいてなかった。
て言うか、サビの、♪Wish I could be like David Watts っていうところしか耳に入ってなかった。
単純に、デビッド・ワッツみたいになりたいって歌ってるのかと思ってた。

モリッシーのような、強烈な毒のあるシニシズムではない。
もっとイギリスの伝統的な、落ち着いた、品のあるシニックだ。
だから、我々日本人は、注意深くちゃんと読まないと気付かない。
そして、気付くと、そのすっとぼけたような妙味が楽しくなってくる。
その曲の良さと、詞の妙味と、レイ・デイビスの歌の下手さ加減が、実に按配のよいバランスであるということがわかってくる。
そう、キンクスは、あまりにもイギリス的なバンドだったのだ。

だんだん面白くなってきたので、調子にのって、『アーサー、もしくは大英帝国の衰退ならびに滅亡』『ローラ対パワーマン、マネーゴーラウンド組第一回戦』『マスウェル・ヒルビリーズ』と、次々に買いそろえた。
もとよりキンクスは、どのアルバムにも「ハズレがない」バンドとしても名高い。
どれを買ってもみなそれぞれによい。
でも、やっぱり聴き慣れているせいなのか、『サムシング・エルス』がいちばん好きだ。

中でも、1曲だけ選べと言われたら、「ウォータールー・サンセット」を選ぶ

Waterloo Sunset

Dirty old river, must you keep rolling
Flowing into the night
People so busy, makes me feel dizzy
Taxi light shines so bright
But I don't need no friends
As long as I gaze on waterloo sunset
I am in paradise
   
Every day I look at the world from my window
But chilly, chilly is the evening time
Waterloo sunsets fine
   
Terry meets julie, waterloo station
Every friday night
But I am so lazy, don't want to wander
I stay at home at night
But I don't feel afraid
As long as I gaze on waterloo sunset
I am in paradise

Millions of people swarming like flies round waterloo underground
But terry and julie cross over the river
Where they feel safe and sound
And they don't need no friends
As long as they gaze on waterloo sunset
They are in paradise

汚れ淀んだ川よ
お前は夜の闇へと
まだ流れ続けなければならないのか
慌ただしく行き交う人々は
ぼくをクラクラさせる
タクシーのライトが眩しく光る

でもぼくは友達なんかいらない
ウォータールーの夕焼けを眺めていれば
ぼくは幸せ

毎日ぼくは窓から世界を眺めている
でも夕暮れ時は冷えるね
ウォータールーの夕焼けは素晴らしい

テリーとジュリーはウォータールー駅で
毎週金曜の夜に待ち合わせ
でもぼくは外をぶらつくのも面倒だから
夜は家で過ごす

だけど不安には感じない
ウォータールーの夕焼けを眺めていれば
ぼくは幸せ

たくさんの人々がハエのように群がる
ウォータールー駅の地下鉄
でもテリーとジュリーは川を渡って
ほっとできる場所へと向かう
彼らには友達なんていらない
ウォータールーの夕焼けを眺めていれば
彼らは幸せなんだ

これは元祖引きこもりの歌ではないか。
窓から外を眺めてぼんやりしているのび太くんのようでもある。
そして、(日本語にしてしまうとちょっと身も蓋もない感じもするけど)、詩として非常によくできていると思う。
慌ただしい外の世界と、その慌ただしい世界を輝かしく包む夕焼けを窓から眺め、隠居した老人のように過ごす「ぼく」が、2番の詞では、窓から見える景色の中の「テリーとジュリー」というカップルに自己を投影していく。
窓から世界を眺めるだけの「ぼく」が、「テリーとジュリー」を介してその世界の中に入り込み、そしてまた慌ただしさから逃げていく。
慌ただしい世界と美しい夕陽の対比も、実に絵画的と言うか、ビジュアルなイメージを喚起する。

こういう世界が、極上のメロディーと、低レベルな歌唱力で歌われている。
こういうナイーブな世界だからこそ、声量のある上手な歌声であっては、味がない。
レイ・デイビスの歌の下手さには、ちゃんと意味があるのであった。

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コメント

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投稿: JacksonStefanie | 2012年12月 2日 (日) 14時56分

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