« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

2008年2月

2008年2月25日 (月)

ムーディー勝山とダイノジのエアギター

地域振興のための音楽祭というのを地元が今年から始めて、その音楽祭のイメージキャラクター募集に愚息が応募したところ、入賞もしていないのに、協賛企業の駄菓子の詰め合わせと図書カード、それに、音楽祭当日の入場券2名分が送られてきた。
せっかくの休日をアマチュア・バンド観て過ごすつもりもないけれども、ゲストに勝山梶、審査員にはダイノジも来るとあっては、やはり行ってみたい。
愚息も「ムーディーが見れる!」と楽しみにしている。
そういうわけで、車で30分ほど走って、行ってきました。

まずはアマチュア・バンドを10組、2時間半。
全国から100組近い応募があったそうで、まあまあそれなりのレベルのバンドがそろってはいるけれども、これで優勝賞金100万円(!)というのはおいしすぎる。
審査員も、長岡成貢はじめしっかりとした顔ぶれで、主催者側が意図したレベルにまで出場バンドが達していないというのが正直な印象。
全国アマチュア・バンドの皆さん、このイベントはおいしいかも。

さて、アマチュア演奏の間の過半を寝て過ごした愚息も、いよいよゲストライブの時間となり、俄然前のめりになってきた。
席は前から6列目。絶好のポジショニングだ。

まずは勝山梶。
パンフレットにはムーディー名義ではなくコンビ名で出ていたので、もしかするとムーディー芸は見られないのかとも思っていたのだけれど、杞憂だった。
勝山の方は最初からムーディーの衣装で登場。
しばし2人でネタの後、相方の梶に振られる形でムーディー勝山のムード歌謡へ突入。
考えてみりゃ音楽祭のゲストに呼ばれてるんだから、そりゃ当然やるよな。
それともこれが通常の営業スタイルなのか。
いずれにせよ、ブッキングした主催者の慧眼を賞賛したい。
例の「右から左」のロング・バージョンをたっぷり堪能。
これまで見たことのあったパターンに更に改良が加えられており、生ムーディーに大満足。
愚息も大喜び。

続いてダイノジ。
これもネタの後に、大地の世界一のエアギター芸が見られるというおいしい構成。
大地のエアギターは、Youtube とかで断片的にしか見たことがなかったので、その完成された芸にこれまた大満足。
ワンコーラスくらいしかやらなかったのは残念だったけれども、なるほど、世界レベルでウケるのもよく理解できた。
相方のからみもあったので、いつもこういうパターンでやっているのだろうか。

会場は、過疎の村が市町村合併で吸収される前に無理矢理建てたようなホールで、新しくてきれいだけれども、鹿や猪が出そうな(て言うか、間違いなく出ると思う)山中の、なんでこんなところに?っていうロケーションにある。
そんなところで期せずしてムーディーとダイノジがを観ることができた、よくわからない休日でした。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年2月15日 (金)

東京ドームでポリスを観た!

ポリスはぼくの中学生の頃の洋楽原体験の重要な一部である。
そのポリスが再結成ツアーをやるというニュースを聞いたのはもう1年くらい前か。
いよいよツアーが日本に来るとなって、何とかして行きたい、でもそもそも名古屋には来ないし、この時期は仕事も忙しい。
チケットも高すぎる。大阪や東京へ行くには旅費もかかる。
今冬、うちは無理して北海道なんか行ったために、家計の逼迫が危機的レベルに達している(これを我が家では「北海道ショック」と名付け、今後への戒めとしている)。
冷静な判断として、これは行けまい。

と思って諦めていたところに、今や新進作家となった先輩の磯崎(兄)さんから突然の電話。
なんと、印税でポリスをおごってやるから上京しろ、との由。
もちろん旅費はチケット代よりも高いし、東京となると泊も必要となる。しかし、このような有り難い話を断れるはずもない。
何とか仕事の調整つけてみます、と返事していったん電話は切ったが、切る頃には内心もう行くと決めていた。

そういうわけで。
2月13日、東京ドームで磯崎兄妹といっしょにポリスを観てきました。

6時半頃会場着。
アリーナの真ん中よりやや後ろの、ステージに向かって右の方。
席に辿り着いたと同時に、前座のフィクション・プレインが始まった。
少し遅れて磯崎(兄)着。更に少し遅れて磯崎(妹)とその職場の皆さん着。
磯崎(妹)は音楽業界の人であって、今回のチケットは彼女が準備してくれた。

フィクション・プレインはスティングの息子のバンドで、ポリスと同じく3ピースの編成。
息子は親父と同じように、ベースを弾きながら歌う。
顔も声も親父そっくり。
バンドも上手。
でも、かっちりまとまり過ぎてて、破綻がなくて、正直、面白みに欠ける。
お父さんが君くらいの頃は、もっと下手だったけど、もっと勢いあったぞ。
先入観もあるかもしれないけれども、良くも悪くもお坊っちゃんバンド、との印象を拭いきれない。無難なメンバー揃えすぎじゃない? とか。
いや、決して嫌いな感じでもないんだけど。
前日に息子本人にインタビューした磯崎(妹)によると、人柄もよく、やたらと日本好きで、日本語も妙にうまいとのこと。
通訳が訳す前に日本語で答えちゃったりするらしい。
演奏時間は40分くらいか。

しばしのインターバルを経て、7時半過ぎ、ほぼ定刻に、いよいよポリス登場。
以下、まずは大まかな感想。

一言で言うと、感動した。たいへんいいものを見せてもらいました。
正直、幻滅するようなライブだったらどうしようかという不安もかなりあったのだけれども、杞憂だった。
中坊の頃の血が騒いだ。
さすがにスティングのやることにはソツがない。
オープニングは「メッセージ・イン・ア・ボトル」で、最後は「ネクスト・トゥ・ユー」。
つまり、セットリストは、そのような、誰もが求めるベストヒット集であって、余計なサポートメンバーなどもいないし、アレンジも昔とほとんど何も変わっていない。
オーディエンスが今回のツアーに何を求めているか、50を越えた自分たちに求められているものは何か、といったようなことを、スティングは的確に理解している。
それに、ああいう性格だから、決して恥をかくようなことはしないのであって、きっちりやれるという根拠があったからこそのワールドツアーなのだろう。
30年前と同じ3ピースのポリスが、30年前と同じアレンジで、ファンなら誰もが聴きたいと思っている曲を次から次へと演奏する。
それ以上に望むことがあるだろうか。いやない。
ライブ中、中坊の頃のわくわく感が甦った瞬間が、何度もあった。
実にありがたいものを見せてもらいました。

以下、各論。

●スティング
ぼくにとってのポリスはアンディ・サマーズであって、実はスティングはあまり好きではない。
いや、て言うか、その音楽は認めるのだけれども、どうも人間的にイケすかないところがある。
しかし、今回のスティングは、さすがだった。
やはりメディアに露出し続けているからなのか、他の2人と比べて明らかに加齢臭がない。(臭いは嗅いでないけど)
真面目な話、ちょっと毛が増えてたし、太ってないし、何よりもすごいと思ったのは、声がしっかり出ている。
こういう年齢なのだから、終盤息切れしたり、サビのいちばん高いところへ来るとオクターブ下げて歌ったり、といったことは通常致し方ない。が、それがほとんどない。
もちろん辛そうな部分もあったし、オクターブ下げもごく一部あるにはあったけども、とにかく若い。昔と変わらない。全くもってソツがない。
スティングはプライドが(たぶん相当に)高い。だから、決してかっこわるい真似は最初からしないし、自分がちゃんとやれると思ったからこそツアーをやってるんだと思う。
性格はイケすかないし、お高くとまってる感じは確かに気に入らないんだけれども、それだけのことが実際にやれてしまうのがスティングの偉いところ。
セットリストの選曲も、後でじっくり眺めてみると実にクレバーだ。
今の自分たちにできることとオーディエンスが求めていることの間で、これ以上ないというくらい巧みにバランスを取っているように思う。
ドームの巨大スクリーンに映し出されるスティングの顔が若く、声も往時のまんまに甲高い。
これだけで、オーディエンスの印象は90%はOKになるはずだ。

●アンディ・サマーズ
まずルックスが衝撃的。
スティングの若さとは一転、二重アゴが気になる。
衣装もヘンだ。日曜日のお父さんみたい。
磯崎兄妹とも、「アニマルズからやってんだから、60は越えてるよな」などと話しながら観ていたのだけれども、帰ってウィキで調べてみたら、なんと1942年生まれ! 今年66歳かよ! 四捨五入で70かよ!
お父さんどころか、もうおじいさんだったんだ……。

赤いストラトを持っている。
そう、例のテレキャスター・カスタムではない。
細かいことを言うようで申し訳ないけれども、それがまず引っ掛かる。
やはりアンディ・サマーズのギターは、あのテレキャスの音で、クリアに、カツーンとかシャリーンとか鳴ってほしい。
ストラトのサウンドは、ちょっと現代的過ぎるし、やや太すぎるし、歪みすぎる。
そこに微妙な違和を感じる。
だから、中盤の数曲で、あのポリス時代のテレキャスに持ち替えたときは、鳥肌が立った。
持ち替えた途端に、あの30年前のサウンドが出た。
その瞬間、血がたぎった。
ポリスの1枚目と2枚目は、ほぼ全曲、中坊の頃にギターでコピーした(弾けなかったけど)。
個人的には、あのテレキャスの数曲が、今回のライブの、いちばんの感動ポイントだった。
でも、考えてみればあれも30年前のギターなわけであって、おそらくコンディション的にきついんだろう。
終盤はまた赤のストラトに戻ってしまった。

肝心のプレイの方は、さすがの安定感。
ひょうひょうと、顔色一つ変えずにきっちり決めていく往年のイメージは失われていない。
ただし、さすがにところどころ衰えを感じさせる部分も。
本編ラストの「ソー・ロンリー」でのソロなんかはかなりあぶなっかしくて、弾き損じるアンディ・サマーズ、ちょっと必死な感じになってるアンディ・サマーズを見るのは少し悲しかった。

……アンディ・サマーズについて語り出すと止まりません。
また日を改めて書きます。

●スチュワート・コープランド
アンディのついでに調べてみると、1952年生まれ。今年56歳。(ちなみにスティングは1951年生)
メガネかけてる。
アンディ・サマーズに劣らず、ルックスの衰えは衝撃的。
そして、何よりプレイにもスピード感がなくなってる。

もとよりスチュワート・コープランドはスピードの人である。
せわしないシンバルワークとタムまわしで、なおかつ盛んにスティックくるくる回したりしながら、テンポもどんどん走っていく。
ちょっと落ち着けよ、と言いたくなるような、多動児のようなスタイルが往年の持ち味であった。
そのスピードが、(年齢を考えると当たり前だけれども)出ない。
相変わらずタムの数は多いし、ちっちゃいシンバルもたくさん並べてある。
でも、手数の多さが感じられない。
第一、ドラムソロが1回もなかった!
サウンド的には、このスチュワート・コープランドの衰えがいちばん気になる要素だったと思う。(てか、そういう観点では、ドラムはいちばん体力的に不利なポジションであって、責めるのはかわいそうではある、もちろん。そもそもポリスは50過ぎてやるバンドじゃないし……)

80年頃のポリスのライブ盤を聴くと、冷静なのはアンディ・サマーズだけであって、スティングとスチュワート・コープランドは、突っ込みまくりの走りまくりで、えらい騒ぎである。
はっきり言って、アンディ・サマーズがいなかったら成立していないだろう。
しかし、逆にそれがバンドとしては実にチャーミングな演奏になっている。
50年代生まれのスティングとスチュワートがどんどんヒートアップして暴走する、それが40年代のアンディのおかげでどうにかまとまっている。
そのスリルとバランスが、往年のポリスのかっこよさである。

今回はむしろ逆だった。
スティングは、今でもやはりどちらかと言うと前のめりだ。
アンディ・サマーズは常に正確である。
だからスチュワート・コープランドはガンガン行っても構わないんだけれども、行かない、行けない。
本編のラス前、「キャント・スタンド・ルージング・ユー」で、一瞬、アンディが突っ込んだと思った瞬間があった。
しかし、実際には違う。
スチュワートが遅れているのだ。

磯崎(兄)は、開演前から、「トゥルース・ヒッツ・エブリバディ」を聴きたいとおっしゃっていたが、結局、演奏されずじまいだった。
そう、ああいう曲はおそらくスチュワート的に無理ゆえ、回避されているのだと思う。
実際に、出来がいいのは、「ウォーキング・オン・ザ・ムーン」とか「ドリヴン・トゥ・ティアーズ」とか「ホール・イン・マイ・ライフ」とかいったタイプの曲だった。
最後の最後に「ネクスト・トゥ・ユー」をやる、それが限界なのだろう。
て言うか、もうおじいちゃんなんだから、考えてみれば当たり前か。

……そういうわけで、細かいことを言い出すと、アラもたくさんあるわけだけれども、総論としては、とにかく感動しました。
そもそも東京ドームだからして、なんだかんだ言ってもサウンドはちゃんと聞こえない。
特にスティングのベースなんて、たぶんピックでかなりゴリゴリ弾いてるんだと思うんだけど、もわんもわんして何やってんのかほとんどわからない。
ドームのコンサートはお祭りだ。
ポリスが3人で、あの曲もあの曲もやっている、それを生で聴いている、その臨場感だけで十分幸せではないか。

しかし、くり返すけれども、アンディ・サマーズの66歳には驚いた。
行く前に調べておけば、もっと全然別種の感動を得られたかもしれないと思う。
がんばれーとか言いながら、もしかすると泣いてしまったかもしれんな。

| | コメント (6) | トラックバック (1)

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »