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2007年11月

2007年11月30日 (金)

磯崎憲一郎『肝心の子供』

発売になりました!
少し前にも書きました、私の先輩の本です。
第44回文藝賞受賞作。
みなさん、ぜひお買い求めを。
左欄の「本のリスト」からアマゾンへGO!

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2007年11月28日 (水)

今日の1枚 『ベスト・オブ・憂歌団・ライブ』

今までライブでいちばんたくさん観ているバンドは、おそらく憂歌団だと思う。
初めて観たのが1986年頃で、それ以降は、観るチャンスがあるときは必ず観た。
もしも今はもう観ることができないバンドをもう1回だけ観せてやると言われたら、迷わず憂歌団を選ぶ。

憂歌団のライブ盤は、3枚ある。76年の『生聞59分』、85年の『Best of Ukadan Live』、 89年の『UKADAN LIVE ‘89』。(あと、限定版で81年の久保講堂のライブも出ていたけれども、これは聴いていない)

どれもいいんだけれども、自分がライブに通っていた時期に近いせいもあってか、個人的には『Best of Ukadan Live』がダントツによい。
客が沸く度に、木村の表情が、勘太郎のパフォーマンスが、逐一目に浮かぶ。
「ここで木村の声が聞こえなくなるのは椅子から立ち上がってオフマイクになってるからだ」とか、「勘太郎はここで右手を振り上げてピックを投げてるはずだ」とか、いちいち思い出す。

『生聞』は、憂歌団のあのスタイルこそ既に完成しているものの、やはりまだ若い。
『‘89』になると、もう巧すぎるっちゅうか、まあ巧いのはいいんだけども、ちょっと雰囲気が違ってて、あの独特のゆったり感がうまく録れていない。それに、このアルバムは半分がエレキのセットだ。やっぱりエレキセットは楽しくない。
驚くべきことに憂歌団の主要なレパートリーは、『生聞』から『‘89』までの13年間でも大して変わっていないのだけれども、それだけに、その13年の間に、芸としての完成度はすさまじいレベルに達している。
憂歌団は、この間ずっと年間100本以上のライブを延々続けていたのだ。

憂歌団と言うと、どうしても木村のボーカルと内田勘太郎のギターにばかり注目が集まるけれども、他のメンバーのプレイも見逃してはいけない。
例えば島田のドラムは、地味だけれども、他の3人、とりわけフロント2人があのようにフリーキーであるだけに、あの几帳面で沈着冷静なドラミングは、憂歌団にとっては非常に重要である。
逆に言うと、島田のドラムがあれだけ几帳面でかっちりしているからこそ、フロント2人がフリーキーに行きまくってもOKなのだ。
島田さんは、グラサンに角刈り、アロハ着用と、ぱっと見はそこいらのチンピラのようだけども、ファンなら誰もが知るとおり、グラサンはずせば優しい目つきで温厚そのもの、典型的なA型タイプで、ドラミング同様にたいへん几帳面な人である(ほんとにA型かどうかは知りません)。
憂歌団は、その実力に人気が伴っていないと常に言われ続けた、欲のないバンドであったけれども、島田さんはその中でも特に「欲のない人」であった。
毎朝家の周りの道路を、レレレのおじさんみたいに掃除しているような人である。
暴走する木村を、菩薩のような寛容性で後ろから見守る島田のプレイは、憂歌団の本質の25%を確実に担っている。

花岡のベースも、ほとんど話題にされないが、非常に技巧的だ。
フェンダーのプレシジョンはフレッテッドだけれども、張っているのはフラット弦で、ヤマハのアンプを使っているというのもプロでは珍しいと思った。
しかし、その構成が実に渋いサウンドを生み出す。
フレージングも、そのへんのブルースのプレイヤーに比べると遙かに多彩で、ジャズをはじめ他ジャンルの音楽を巧みに消化している。
タイム的には、たぶんもともと、ぐいぐい前へ行こうとするタイプだと思うのだけれども、テンポの速い曲なんかだと、恐らくは更に意図的に前のめりに攻める。
島田のドラムが安定しているから、花岡はかなり自由にぐいぐい行けるのである。
いつも足を組んで座って余裕ありげに弾いているが、出てくる音は実にスウィンギー。
『‘89』の「おそうじオバチャン」におけるプレイを聴いてみてほしい。
勘太郎のギターソロの裏でフリーキーにぶいぶい歌いまくるラインは強烈で、『生聞』の同曲と比べると、「13年でこうなったか」と感慨深いものがある。

木村の歌と勘太郎のギターが国宝級に貴重なのはもはや言わずもがなであって、今日は敢えて書きません。
その代わりに、通常あまり語られることのない木村のギターについて少々。
実際のライブでは、ほとんどフロントに音が出ていないことも多く、木村のサイドギターは、あってもなくてもいいようにすら思える(た)。
しかし、CDで聴くとよくわかるのだけれども、リズムギタリストとしての木村は、実に優秀である。
特に4ビートのカッティングが上手で、ひきずるような独特のタイム感がたいへん心地よい。
こういう粘っこいリズムを出すギタリストは、日本人には少ない。
勘太郎が木村のギターをほめているのを何かの雑誌で読んだことがあるけれども、勘太郎にしても、木村のリズムは乗っかりやすいんだろうと思う。
『Best of Ukadan Live』では、右チャンネルの木村のギターにも注目してください。

憂歌団は、解散じゃなくて、「活動休止」だったと思うのだけれども、雰囲気的に「再開」はまずないと思う。
誰か何とかメンバーの仲介してくれないだろうか。

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2007年11月26日 (月)

秋の夜長のECM

毎年夏が終わって涼しくなると、よく眠れるようになるのと夏の疲れが出るのとで、家では寝てばっかりいる時期がしばらく続く。
10時間も12時間でも寝る。
しばらくの期間たっぷり寝続けて、そういう時期を越えると、やっと秋の夜長を楽しめるようになり、今度は逆にあまり眠らなくなる。
普段はほとんど飲まないコーヒーなどを毎晩いれるようになったりもする。

今年はどういうわけか眠い時期が非常に長くて、1ヶ月以上に渡って、実によく寝た。
9時とか10時とかに子供を寝かしつけていたら一緒に寝てしまって、そのまま朝までずっと寝っぱなしというような日が週に2日や3日はかならずあって、しかも週末は更に寝る。

その惰眠の季節が、先々週くらいにやっと明けたらしく、ここしばらくは毎晩夜更かししている。
秋の夜長、と言うよりは、もう冬になってしまった感じだけど。

そうと決めているわけでは決してないのだけれども、秋の夜更かしの時期になると、ECM系のジャズなどがヘビーローテーションになる。
いかにもって感じで恥ずかしいけど。
夜が静かになるからああいうのが気持ちよく聴けるのだと思う。

キース・ジャレットはあの過剰な感じが好きではないけれども、『The Meldy at Night with You』は愛聴盤。
チャールズ・ロイドなんかも、暑い季節には決して聴かないのに、秋の夜になると思い出して聴く。
パット・メセニーは、ECM時代よりも最近のものの出番が多くて、この季節には『One Quiet Night』とかチャーリー・ヘイデンとの『beyond the Missouri Sky』がローテーション入り。

あとは昔のジャズならビル・エバンスとかジム・ホールとか。
ペンギン・カフェ・オーケストラやライヒ、ヤン富田なんかのミニマル系、実験系に、環境音楽はブライアン・イーノも。
とにかくやたらとスノッブな感じになりがちなこの季節。
読書も、カタめのものに対応できるようになります。

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2007年11月23日 (金)

池田清彦『やぶにらみ科学論』を読む

一時期あんなに騒がれていた「環境ホルモン」が全くニュースにならなくなって久しい。
どこやらの湖にすむワニの生殖器が退化しているだの、日本人男性も精子が減っていて子供が生まれにくいだのと、数年前までは毎日のようにテレビでも新聞でも話題になっていた。
それがある時期を境にぱったりとなくなったのは、ウィキペディアによると、いわゆる環境ホルモンの「検証実験事実が蓄積されるに従い、ほとんどの物質は哺乳動物に対する有意の作用を示さないことが報告され」たからとのこと。つまり、「環境ホルモン」はシロだったということだ。

基本的に、メディアが大きくとりあげるのは、「ニュース性の高いもの」であって、その確度についての責任の所在が外部である限り、必ずしも正確なものとは限らない。
また、一度火がつくと、際限なくエスカレートする。
そしてそれが「間違い」だったとわかったら、何事もなかったかのように別のネタへ乗り換えていくだけだ。

この本によると、「地球温暖化」もどうもあやしいらしい。
いや、温暖化は確かにしてるんだろうけれども、それが二酸化炭素の排出云々による人為的温暖化であるとするのは、かなりあやしいらしい。
明日の天気を予報すんのも難しいのに地球温暖化なんてそんな簡単にわかるもんか、っていうのはシンプルな実感としてそのとおりだと思うし、温暖化で海水面が上昇するというより低下すると考えたほうが合理的だ、というのも納得できる(おれが納得しても説得力ないけど)。

今年の冬は寒冬(っていうらしい、気象用語で)になるそうだけれども、暖冬のときだけ温暖化だ温暖化だと盛んに言われて、寒いときには地球温暖化の話がパタッとやむのも怪しいと思う。
ノーベル平和賞のゴアも、最近は月々の電気代が実は16万の贅沢暮らしだとかで叩かれてるし、そもそもゴアの主張には専門家からはかなり疑問視されてる部分があると聞く。
ゴアは70年代から地球温暖化に関心を持っていたとのことだけれども、この池田本によると、70年代や80年代に学者やマスコミが喧伝していたのは、温暖化ではなく、地球の寒冷化だったとのこと。
そう言えば子供の頃、またそう遠くない将来に大氷河期が来るのだというような話を聞いたような気がする。

この本では、その他にも、ブラックバス等の外来種の侵入ぐらい別にいいじゃねえか、とか、定期検診は体に悪い、とか、クローン人間くらい作ってもしょうがない、とか、自然保護って論理の底が抜けてるだろ、とか、構内全面禁煙は悪しき原理主義だ、とか、牛食ってる奴らにクジラ食うなとか言われたくねえよ、とかいったようなことが、痛快な理路で次々と語られている。
もちろん著者は科学者であるのであって、単に舌鋒鋭いだけではなくて、世間一般で言われていることよりも、こちらの方がよほど説得力がある。

もともと根がひねくれているのか、世間があまりに騒ぐと逆らってみたくなる。
タバコをやめろやめろとあんまり言われると、吸いたくなくても吸ってやろうという気になる。
「まだ使えるものを棄てるのはもったいない」と考えることに関しては、自分でもかなりレベルの高いケチだと思っているけれども、それでも他人に真顔で環境がどうの温暖化がどうのと言われるとムッとしてしまう(モノを粗末にする人を見てもムッとするけど)。

そういう「正しいこと」を言う人々に抵抗するには、それなりの覚悟と理論武装が必要だ。
何せ相手は「正しいこと」しか言わないんだから、手強い。
温暖化ってほんとに人間のせい?とか、リサイクルってほんとに地球にやさしいのか?とかいったようなことは、不用意に口に出すとえらいことになる。
だからたいていの場合は逆らわずにへらへら笑って済ませておくしかない。

この本は、笑って済ませられないくらい腹が立ったときのための(そんなこと滅多にないけど)理論武装にたいへん役立った。
池田清彦を読むのはこれが初めてだったのだけれども、今まで知らなくて損した。
毒舌だけれども、読むと幸せな気分になる。
こういう読後感を与えてくれる著者はそう多くないので、これはたいへんいい人を見つけたと思う。

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2007年11月14日 (水)

Zepp Nagoya で岡村靖幸を見損ねる

今日は靖幸の「告白」ツアーのファイナル。
仕事は午後から休みを取り、万全の体勢で Zepp Nagoya へ。
Zepp Nagoyaはオール・スタンディング。
開場の6時に少し遅れて到着。
こんな小さなハコで靖幸を見られるとはありがたいことよとビール片手に真ん中当たりのポジションをキープして7時の開演を待つことしばし。
そして……

7時半近くなった頃、ステージに現れたのは、靖幸ではなく、マイクを持ったプロモーター。
なんと靖幸、昨日の大阪公演で負傷。ふくらはぎの筋肉断裂で全治2ヶ月。
説明によると、今日、名古屋入りしてからも医者の診断を受け、検討した結果、公演延期という結論に達したとのこと……。うーむ。

たぶんギリギリまで決められなかったんだろう。
しかし、客も満杯入って、開演時間も過ぎてからのアナウンスっちゅうのは異例だ。
「札幌から来てんだぞ!」と怒鳴っている客もいる(そりゃ怒るわな)。

さすがにイベンターの説明だけではおさまらないと判断したのか、その後、靖幸本人が登場。
いつもならアンコール時の定番となっている、キーボードの即興弾き語りによる「筋肉が断裂しちゃったよ今日は本当にごめんなさい車イスじゃかっこわるいからこういう結論になりました必ずこの埋め合わせはします」の歌を披露(笑)。

延期の日程等は、1週間以内にホームページで告知されるとのこと。
まあしょうがないか。

それにしても靖幸、しっかりリバウンドしてました。

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2007年11月11日 (日)

今日の1枚 The Rose of England/Nick Lowe & His Cowboy Outfit

ちょっと気になることがあるのでニック・ロウの『Labour of Lust』を聴きたいのだけれども、あいにくアナログ盤でしか持っていないので、すぐに聴くことができない。
ネットでCDを調べてみたところ、どうもいまだに廃盤らしい。
て言うか、何でもかんでも再発になるこのご時世において、信じがたいことに、ニック・ロウの過去の作品はほぼ全滅状態で、20世紀の作品を聴こうと思ったら『Basher』というオールタイム・ベストを買う以外にない。
が、全くダメなのだ、こんなベスト盤だけでは。

もしかすると、本人の意向も関係あるんだろうか。
ニック・ロウは、その昔、映画「ボディガード」のサントラに、「Peace, Love & Understanding」のカバーが収録されたおかげで巨額の印税収入を得たとのことだけれども、考えてみれば、その頃から活動が隠居ジジイみたいな感じになった気がする。
もう昔の作品などどうでもいいのだろうか。

白人による、いわゆる狭義のロックンロールというジャンルにおいて、ニック・ロウの業績は唯一で孤高である。
この単純な音楽形式を深く理解しつつ、白人ならではのサムシングを付加したスタイルは、簡単なようで決して真似できない。

その技術がピークに達したのは、ずばり『Nick Lowe and his cowboy outfit ('84)』と『The Rose of England ('85)』の2枚。
これ以降は徐々に、円熟しすぎと言うか、渋すぎる方向へ進む。
熟度とポピュラリティのバランスが最良なのがこの2枚だと思う。
個人的にもリアルタイムで聴いたので、余計に思い入れが深い。
幸いこの2枚だけはCDでも持っているのだけれども、今はアマゾンのマーケットプレイスでどちらも1万円以上の値がついている。
ひどい話だ。

この2枚、曲もいいけれども、演奏もいい。
全員が、「ロックンロール」の何たるかを熟知している。
ポール・キャラックが参加して、非常にいい仕事をしている。
また、何者かわからないんだけれども、Bobby Irwin というドラマーがまた非常にいい。
たぶんこの種の音楽しか叩けないタイプだと思うけれども、この種の音楽には正に最適のドラマーだと思う。
このバンド以外でのキャリアはネットを検索してもわからないが、もしかすると、同時期のトレイシー・ウルマンの楽曲のいくつかはこいつが叩いているんではないかとふんでいる。
クレジットはないんだけれども、スティッフつながりだし、何曲かよく似た印象のドラムがある。

そういうわけで、久しぶりに聴いたら、やっぱりよくて泣けてきました、『The Rose of England』。
ヒューイ・ルイス参加の大ヒット曲「I Knew the Bride」もこのアルバム収録です。
現状、入手不能ですが……。

The_rose_of_england

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2007年11月 2日 (金)

日曜大工

何を隠そう、実は日曜大工が趣味の1つです。
ここんとこ仕事がヒマなので、昨日は休みを取って、1日中作業。
久しぶりの大作。
自分の部屋が完全に家族の物置になってしまっていて、ずっとモノに埋もれて寝起きしていたので、収納力を倍増するために大型の棚をつくる。
来客には決して見せることのない部屋なんだけれども、たまに息子の友だちとかにのぞかれたりすると、「うわ、ぐちゃぐちゃ!」などと言われていた。
これで解決なるか。

前の日曜に半日がかりでカットした合板を、午前中いっぱいかかって全部ペーパーがけ。
午後に組み上げて完成(↓)

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材料はメルクシパイン集成材。高さ1820mm × 幅1820mm × 奥行き300mm。
塗装はめんどくさいのでなし。材料費は約1万8千円。
ほんとは上にある造り付けの棚とぴったりの高さに合わせたかったのだけれども、ホームセンターでは1820mm以上の木材は売っていないので、やむなくこのようにしました。

ついでに、この1年くらいの間に手がけた他の作品もご紹介。

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これ(↑)は、リビングの壁面に作った棚。
うちのリビングの西側壁面は、ヘソくらいの高さのところで幅10cmの段になっている。
かねてから蔵書の整理に行き詰まり、chinsan宅の造り付けの書棚を羨ましく思っていたので何とかならないものかと思案していたところ、この10cmの幅を利用してこの上の壁面全体を棚にしてしまうというプランを思いついた。
効果のほどが想像しかねたので、愚妻に相談しつつ、躊躇しながらも実行。
ファルカタ(ファルタカ? ファカルタ?)材。ほんとはダークブラウンに塗装したかったのだけれども、愚妻が白木がよいと言ったのと、そもそもこれだけを塗装するのは大変な手間がかかるので、結局無塗装に。材料費は1万円程度。
奥行きが10cmしかないので、本は文庫と新書と少年マンガしか入らない。
あとは子ども達がどんどんワケのわからない物を置き始めて、ご覧の有り様に。
もとは真っ白だった壁面がえらくごちゃごちゃしてしまい、よかったんだか悪かったんだか。
でもお客さんは皆ほめてくれます。
とりあえず収納力は高いし。
ビデオ、DVDも全部収めてます。

次。

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下に見える焦げ茶の棚が作品です。
リビングからキッチンへの通路には、先の西側壁面の10cm幅の段のつづきで、狭いカウンターのようなものが突き出ていて、その下はデッドスペースになっていた。
カウンターの上には、極めて日常の整理の悪い愚妻が、息子の学校のプリントやら娘の幼稚園の書類、ハガキ類、チラシなどをでたらめに積み上げているのが常であったので、愚妻の要請を受けて作成。
見よ、このぴったりサイズ(笑)。
これぞ日曜大工の醍醐味。
ファルカタ(ファルタカ? ファカルタ?)材をニスで塗装。
塗装は3度塗り。手間がかかる上に難しい。
材料費は忘れました。数千円でしょう。

もう1つおまけ。

2  

 

 

これは、100円均一で売ってた木(ボール紙を固めた物か?)を組んだだけなので、日曜大工とは言えません。
1枚100円のを8枚使ってるから、800円。
しかし、私の塗装技術によって、ちょっとしたアンティークのような質感を出すことに成功し、めでたく玄関の下駄箱の上に採用。
これは塗装に2週間以上かかってます。

モノ作ってるときは幸せだ。

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