« 東京48時間3本勝負 | トップページ | 何者? 笠辺哲『バニーズ』『フライングガール』を読む »

2007年10月26日 (金)

福岡伸一『生物と無生物のあいだ』を読む

評判どおり、実におもしろかった。
後半はだんだん話が複雑になってきて、図解を見ながら何度も読み返してしまったけれども、分子生物学について全く知識のない自分のような人間にも普通に理解できるように丁寧に書かれている。
何より文章がいい。
ミステリー仕立てと言うか、ドラマ仕立てと言うか、全体がたいへん周到に構成されていて、極めて論理的に話が進んでいく。
その全体の整合感と言うか、かっちり、きっちりとした作りが、読んでいて気持ちいい。

養老孟司なんかにしてもそうだけれども、理系でもほんとに優秀な人というのは、文章も巧い。
でもって、やっぱ理系だからか、論理構成がすっきりしていて、歯切れのよい文章を書く。
この章では何を書こうとしているのか、とか、この一節を書く目的は何か、とか、そういう基本的な構成が常にきちんと意識されていて、本来の趣旨を踏み外すことがないので、すっきり読める。
吉本隆明だってもとは理系だ。
吉本の文章が難解なのは、独特の詩的表現が含まれるからであって、言うまでもなくその論理構成は、何人の批判をも寄せ付けないほどに強固なものだ。

この福岡伸一の場合は、語彙も文芸的だし、今どきこんなドラマ仕立ての読み物にまとめてあったりする趣味からしても、かなり文系的な資質を持っているように見えるけれども、全体の質の高さと抜群のおもしろさを支えているのは、やはり論理の明瞭さだと思う。
文芸的な技量があっても、理系の人は、文体や語り口の妙だけで読ませるようなタイプのものは、やはりあまり書かないように思う。

いや、そもそも、文系とか理系とか、世間は簡単に人種を2つに大別してしまうけれども、本来は両方出来るのが本当であって、真に優秀な人はどちらもいける。
本来そうでなくちゃいけない。

人間の体が分子レベルでどうなっているのかとか、宇宙の果てはどうなっているのか、といったようなことは、文系も理系も関係なく誰もが一度は興味を持つのであって、高校で文系を選択したがために、次第にそのようなトピックから切り離されていって、気がつけば「文系の私にはわからないこと」として整理してしまっているのは惜しい。
逆に、理系では、文芸書など年に1冊も読まないというようなタイプが量産されていく。

て言うか、最近は文系の学生でも全く本読まないな。
文系って言うより、無系、みたいなの、多いよな。

この本にも、日本のアカデミズムの旧弊に嫌気がさして渡米した、というような記述があるけれども、現在の日本のシステムでは、養老孟司やこの福岡伸一のような、言葉本来の意味で知識人と呼べる学者はもはや育たないのではないかという気がしますが、どうでしょう?

|

« 東京48時間3本勝負 | トップページ | 何者? 笠辺哲『バニーズ』『フライングガール』を読む »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 福岡伸一『生物と無生物のあいだ』を読む:

« 東京48時間3本勝負 | トップページ | 何者? 笠辺哲『バニーズ』『フライングガール』を読む »