味ごはん
うちの田舎では、味ごはん、と言う。
かしわめし、とも言う。
世間でよく聞くのは、かやくごはんとか、五目ごはんとか、炊き込みごはん、とかだけれども、それらが本当にみんな同じものを指しているのかどうかはよくわからない。
鶏肉を中心に、人参や牛蒡やしめじや、春なら筍なんかを炊き込んだりする、あれです。
一昔前は、少なくともうちの田舎では、年忌だの何だので村の人々を家に呼んでご馳走するとなると、飼っていた鶏を一羽絞めて、この味ごはんをふるまったらしい。
ごく最近にも、田舎の伯父が長らく飼っていた鶏を絞めて味ごはんにしたことがあった。
玉子を産まなくなったから絞めたのであって、若鶏ではないので、肉はガチガチに固かったけれども、皮からはいい按配の脂が出てつやつやとごはんが光り、味も濃厚で美味であった。
さすがに今どきはもう生きた鶏を自分ちで絞めるということは極めて稀だけれども、それでもいまだにうちの田舎の伯父宅の村落では、何かと言うと必ず味ごはんを炊く。
隣りが何回忌だっただの何だの、そういうので、よくお裾分けの味ごはんをもらう。
今年の盆に墓参りに行ったときも、夜になって盆踊りに出かけたら、会場では味ごはんが無差別にふるまわれていた。
そして、うちの伯父宅で作る味ごはんも、その隣家で炊く味ごはんも、そのまた向こうの家の味ごはんも、盆踊りでふるまわれる味ごはんも、全てだいたい皆同じ味である。
決して世間一般によくある味というわけでもない。
コンビニのおにぎりになってるやつや、外食で口にするものとはずいぶん違う味だ。
それなのに、うちの田舎の一帯では、どこの家が作ってもみな同じような味になる。
愚妻も、「何処の家のもみんな同じ味!」と最初は驚いた。
田舎では、村の人たちを呼んでご馳走するということになると、近所の女の人たちがみんなその家のお勝手を手伝いに集まる。
それでみんなで協力して味ごはんを作る。
そうやっているうちにレシピが共有され、多数の女性の手によって次第に改良・改善が加えられ、結果、ご馳走料理である味ごはんは、どこの家でもだいたい同じような味になったのだと思われる。
出来不出来、得手不得手は当然あるのだけれども、基本レシピはみな同じに違いない。
うちの母親は、その基本レシピに個人的な改良を加えたのか、何か特別なコツがあるのか、基本は同じ味なのだけれども、村一帯に共通した水準から頭ひとつ抜けた、ほんの少しレベルの高い味ごはんを作ることができる。
ごはんがべったりせず、つやつやと光って美味い。
自分が食べるのは嫌いらしいのだけれども、自他共に認める数少ない得意料理のひとつであって、それだけに子供の頃からうちの定番メニューだった。
うちの親父は、昔から、味ごはんを食うと、鶏肉だけ分けて食べ残した。
肉がいちばん美味いのに、と子供の頃は思っていたけれども、近年だんだんその気持ちがわかってきて、いつしか自分も鶏肉だけ残すようになった。
味ごはんの鶏肉はしょせんだしガラだ。
また、親父は、味ごはんをお茶漬けにする。
薄めにいれた熱いお茶を、冷めた味ごはんに注ぐ。
鶏の脂が表面に浮いて見栄えはあまりよろしくないし、いかにも下衆の食い物といった趣だけれども、美味い。
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コメント
京都の辻留というところで手伝いをしていたときに、こういうのを「よごれごはん」とウラではみんなが言っていたよ。白いごはんと区別するためで、お客さんの前では言わなかったけど。
投稿: ショーエ | 2007年9月 8日 (土) 01時10分
うちでもずーっと、「味ごはん」と呼んでます。ついこの間、お昼仲間とこの話題をしましたよ。
東京に行ってから、こっちの方だけの呼び名だと知ったのだけど、この間、地元ローカルテレビを見ていたらリポーターが「味ごはん」と言ってたから、全国共通だと思ってる人も多いのかもね、って感じで。
ちなみに、おやつのことを、うちの母は「おちん」と言っています。これって、うちだけかなあ。
投稿: アレママ | 2007年9月 8日 (土) 21時25分
→ショーエ 「よごれ」とはまたあんまりな……。京料理の老舗では、ああいったものはやっぱよごれキャラなわけ?
→アレママ 「おちん」はおれ、わかるよ。漢字で書くと「お賃」。お駄賃と同じですな。おやつって言うよりは、そもそもはお小遣いとか、子供に与えるもの全般に使うんじゃない? うちの田舎のばあちゃんはよく言ってた。
投稿: riki | 2007年9月 8日 (土) 22時50分