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2007年9月 3日 (月)

せざる・をえない?

いろいろバタバタしておりまして間が空きましたが、前回の流れで、またひとつ思いつきました。

「○○せざるを得ない」、という言い方がありますけれども、あれを、「せざる・をえない」と分節して発語する人、結構多くないですか?
その言い方を聞いていると、おそらく彼らは、「せざる・えない」、と勘違いしているのではないかと思われます。
そういう感じのイントネーションで発語してます。
「おえない」って何? 負えない? 終えない?

「○○せざるを得ない」というのは、無論、「せざる(=しない)」という状態「」、「得ない(=可としない)」の意であって、「しないわけにはいかない」という意味でしょう。
2つに分節するなら、「せざるを・得ない」であって、「せざる・を(お?)えない」ではたいへん気持ちが悪い。
日常の会話でも間々用いる表現なので、音から覚えた人が何か勘違いしてしまっているのだと思います。

もうひとつ思いつきました。
「どこからともなく」、という表現がありますが、あれを、「どこから/ともなく」と分節して発語する人、多くないですか?
「どこからともなく」、というのは、無論、「特にどこからというわけでもなく」、の意であって、敢えて2分節するならば、「どこからとも・なく」でしょう。

いや、「どこからともなく」というのは通常一息に発語しますから、「どこから」と「ともなく」の間にブレスが入るわけではないですし、「どこからともなく」は完全にひとかたまりのセットフレーズ化してますから、逆に「どこからとも・なく」と理屈どおりのイントネーションで発語することの方がむしろ不自然に感じられるのもわかります。
でも、発語者の微妙なイントネーションから、このセットフレーズが、「どこからとも/なく」であるということを正しく理解している人と、何も考えずに「どこから/ともなく」というミーニングレスな分節を行っている人の違いは、やっぱりわかってしまいます。
具体的に言うと、「どこからともなく」を、 ̄___ ̄___ (高低低低高低低低)というイントネーションで発語する感じがどうも好きではありません。
これは恐らくわかっていない人のイントネーションでしょう。
願わくば、 ̄___ ̄_ ̄_ と発語していただきたい。もしくは、_ ̄ ̄ ̄ ̄_ ̄_、か。

それでまたもう一つ思い出しましたけれども、「(モノなどが)なくなる」というのを、本来の構造どおりに、「なく・なる」、つまり、 ̄_ ̄_ と発語する人が年配の人にはときどきいて、そういうのを聞くと少し嬉しい気分になります。
「なくなる」という言葉は、それでひとつの自動詞のように意識されていることが多いですが、よく考えると、(て言うかそれほど考えるまでもなく)、これは「無いように・なる」の意であって、例えば「暗くなる」とか「赤くなる」とかと同様に、「無く・なる」と発語されてしかるべきだろうと思うわけです。
そして、実際にそのように発語する人がたまにいます。
「かくなる上は」っていうのは、「このようになった以上は」の意でしょうけれども、その「かくなる」と同じイントネーションで「なくなる」を発語するおじさんおばさんが好きです。

でも、だんだんそういう味わい深い日本語を話す世代も、前線からは退去しつつあるようで、寂しい限りであります。

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