« 橋本治『これで古典がよくわかる』を読む | トップページ | 吉本隆明『家族のゆくえ』を読む »

2007年6月30日 (土)

表記と発音

前回の橋本治『これで古典がよくわかる』の中で、気になった箇所がひとつだけあったのを思い出した。

ところで、古典の言葉は「言文一致」じゃありません。「てふてふ」と書いて「蝶々」と読む、「行きませう」と書いて「行きましょう」と読むのが、古文の書き方です。だから、藤壺の中宮の発音も、本来の彼女の発音どおりじゃないんです。一番身分の高い藤壺の中宮は、いたってリラックスなさって、《嬉しかべいこと》を「うれしかんべーこと」と発音したんです。……

果たしてそうなのか。
《嬉しかべいこと》を「うれしかんべーこと」と発音したのは、それはそうかもしれない。
B音は、じっくり発音すれば直前にM音がくっつく。
でも、「てふてふ」は、当時そのように発音したからそのように表記していたはずだ。……というのを何かで読んだように思う。

は行の音については、奈良時代以前は「パピプペポ」とP音で発音されており、平安の頃には「ファフィフゥフェフォ」とF音(音声学ではもっと厳密に区分しますが)。現在のような「ハヒフヘホ」というH音になったのは江戸初期だとされている。(例えば、http://www.asahi-net.or.jp/~hi5k-stu/nihongo/hagyou.htm とかを参照)
つまり、奈良時代以前は、「今日はいい天気だ」を「けふはよきひなり」と書いて、「けぷはよきぴなり」と発音していたはずだ……っていう例を何かで読んだ。
ん? でも奈良時代にはまだ平仮名ないよな……。おかしいな、この例……。

とにかく、このように、「今日」を「けふ」と書いたのは、そのように発音されていたからに他ならないわけで、そうでなければわざわざそんな表記にする理由はない。
「けふ」の発音は、ケプ → ケフゥ → ケウ → ケオ → キョウ と変遷したらしい。
つまり、そのレベルでは、「言文一致」であったはずだ。
「きょうこ」という名前も、奈良時代以前なら「けぷこ」だ。

実は、英語も同じである。
英語は綴り字と発音の関係がランダムであるので、世界の学習者にたいへん評判が悪い。
book  の「oo」は「u(ウ)」の発音なのに、root だと同じ「oo」でも「u:(ウー)」になる。
だから単語ひとつひとつ個別にスペルを覚えなければならない。
発音できても正確に書くことができるとは限らないのが英語の面倒なところだ。

しかし、英語も最初からそんなひねくれた表記をしていたわけではない。
昔は「book」と書いて、「ボオク」のように発音していたのである。
て言うか、「ボオク」と発音していたからこそ、「book」と表記したのだ。
その時点でスペルは定着したが、後に発音だけが変遷していった。

発音は時代と共に徐々に変わっていくけれども、印刷技術が出現し、辞書等が出回るようになってそこに単語がいったん収録されると、その時点でスペルは固定化されてしまう。
以後、綴り字は変化しないが、発音だけが途方もなく変わってしまったために、日本の中高生は今日も単語の暗記に苦労するのである。
特に「大母音推移(Great Vowel Shift)」と呼ばれる時代の存在がきつかった。
なぜ、どんな風に発音が変わっていったかについては、ウィキペディアでこの「大母音推移」を調べてみてください。

もちろん、発音と表記が一致しない理由はそれだけではない。
例えば guitar、guest、guess……等、g の後には発音しない「u」がよくくっつくけれども、これはフランス語の綴りのマネするのが流行ったからだそうだ。

それにしても、古代の日本人や昔のイギリス人は、いったいどんな話し方してたんだろうか。
きっと今よりもっとずーっとゆっくりで、1音1音ていねいに、歌うように話していたのではないかという気がなんとなくする。

今日はちょっと無理してアカデミックなネタに挑みましたので、補足・訂正等していただける方、みえましたら是非よろしく……。

|

« 橋本治『これで古典がよくわかる』を読む | トップページ | 吉本隆明『家族のゆくえ』を読む »

雑記」カテゴリの記事

コメント

なるほど。そうなのか。いわれてみればそれが自然だね。

フランス語は、数年前に、発音と綴りの不一致と綴りの不合理を減らすためにアクセント記号の付け方などを政令?で変えるということをやったですよ。これは中途半端な学習者であるおれ的には迷惑千万なんだけど、たぶんあまり文句は出てないと思う。さすが中央集権の国。というエピソードなのかな。詳しい事情は知らんので恐縮ですが。

英語でも、そういう「調整」やったほうがいいですか? riki的にはどう?

もっとも、現実的には笛を吹いてもだれも踊らず、という感じかもしれんけども。

投稿: ushiro | 2007年7月 9日 (月) 03時21分

さすがフランス。大胆なことするんだなあ。言語は生き物ですから、国家権力が統制しようとしたって、基本的にどだい無理な話じゃないでしょうか。
特に英語はもはやイギリスやアメリカだけの言語じゃないから、同じ単語でも国や地方によって発音もまちまちだし、発音と表記の一致って言ったところでそもそも技術的に無理でしょ。
逆に日本語を操作するんだったら可能性あるのかも。英語の発音に対応しやすいようなカタカナ表記を発明する、とか。絶対反対だけど。

投稿: riki | 2007年7月10日 (火) 12時41分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 表記と発音:

« 橋本治『これで古典がよくわかる』を読む | トップページ | 吉本隆明『家族のゆくえ』を読む »