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2007年6月

2007年6月30日 (土)

表記と発音

前回の橋本治『これで古典がよくわかる』の中で、気になった箇所がひとつだけあったのを思い出した。

ところで、古典の言葉は「言文一致」じゃありません。「てふてふ」と書いて「蝶々」と読む、「行きませう」と書いて「行きましょう」と読むのが、古文の書き方です。だから、藤壺の中宮の発音も、本来の彼女の発音どおりじゃないんです。一番身分の高い藤壺の中宮は、いたってリラックスなさって、《嬉しかべいこと》を「うれしかんべーこと」と発音したんです。……

果たしてそうなのか。
《嬉しかべいこと》を「うれしかんべーこと」と発音したのは、それはそうかもしれない。
B音は、じっくり発音すれば直前にM音がくっつく。
でも、「てふてふ」は、当時そのように発音したからそのように表記していたはずだ。……というのを何かで読んだように思う。

は行の音については、奈良時代以前は「パピプペポ」とP音で発音されており、平安の頃には「ファフィフゥフェフォ」とF音(音声学ではもっと厳密に区分しますが)。現在のような「ハヒフヘホ」というH音になったのは江戸初期だとされている。(例えば、http://www.asahi-net.or.jp/~hi5k-stu/nihongo/hagyou.htm とかを参照)
つまり、奈良時代以前は、「今日はいい天気だ」を「けふはよきひなり」と書いて、「けぷはよきぴなり」と発音していたはずだ……っていう例を何かで読んだ。
ん? でも奈良時代にはまだ平仮名ないよな……。おかしいな、この例……。

とにかく、このように、「今日」を「けふ」と書いたのは、そのように発音されていたからに他ならないわけで、そうでなければわざわざそんな表記にする理由はない。
「けふ」の発音は、ケプ → ケフゥ → ケウ → ケオ → キョウ と変遷したらしい。
つまり、そのレベルでは、「言文一致」であったはずだ。
「きょうこ」という名前も、奈良時代以前なら「けぷこ」だ。

実は、英語も同じである。
英語は綴り字と発音の関係がランダムであるので、世界の学習者にたいへん評判が悪い。
book  の「oo」は「u(ウ)」の発音なのに、root だと同じ「oo」でも「u:(ウー)」になる。
だから単語ひとつひとつ個別にスペルを覚えなければならない。
発音できても正確に書くことができるとは限らないのが英語の面倒なところだ。

しかし、英語も最初からそんなひねくれた表記をしていたわけではない。
昔は「book」と書いて、「ボオク」のように発音していたのである。
て言うか、「ボオク」と発音していたからこそ、「book」と表記したのだ。
その時点でスペルは定着したが、後に発音だけが変遷していった。

発音は時代と共に徐々に変わっていくけれども、印刷技術が出現し、辞書等が出回るようになってそこに単語がいったん収録されると、その時点でスペルは固定化されてしまう。
以後、綴り字は変化しないが、発音だけが途方もなく変わってしまったために、日本の中高生は今日も単語の暗記に苦労するのである。
特に「大母音推移(Great Vowel Shift)」と呼ばれる時代の存在がきつかった。
なぜ、どんな風に発音が変わっていったかについては、ウィキペディアでこの「大母音推移」を調べてみてください。

もちろん、発音と表記が一致しない理由はそれだけではない。
例えば guitar、guest、guess……等、g の後には発音しない「u」がよくくっつくけれども、これはフランス語の綴りのマネするのが流行ったからだそうだ。

それにしても、古代の日本人や昔のイギリス人は、いったいどんな話し方してたんだろうか。
きっと今よりもっとずーっとゆっくりで、1音1音ていねいに、歌うように話していたのではないかという気がなんとなくする。

今日はちょっと無理してアカデミックなネタに挑みましたので、補足・訂正等していただける方、みえましたら是非よろしく……。

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2007年6月26日 (火)

橋本治『これで古典がよくわかる』を読む

何かについて考えるとき、たいていはリファレンスとする論客がいて、それが誰かは論題によっても時代によっても変わるわけだけれども、自分が10代後半の頃、いちばん影響を受けたと思われるのは、橋本治だと思う。
「自分の意見」というのが、ほとんど全て橋本治の受け売りであったような時期もあった。

橋本治を読まなくなったのはいつ頃からだろうか。
おそらくは20代前半、90年代に入った頃からではないかと思う。

理由はよくわからない。
嫌いになったわけではない。
今でも好きだし、最近また新書なんかでヒット作を出しているのも嬉しく思う。
ただ何となく読まなくなった。

そう言えば、日比谷野音のRCの帰り道、出口のところで氏を目撃したこともあった。
背が高かった。
若い男連れてたけど(笑)。

そういうわけで、実に十数年ぶりではないかと思われる橋本治読み。
何気なく手に取った。
『桃尻語訳枕草子』とか、一連のああいうのには食指が動かなかったのだけれども、こういう概説書ならおもしろそうだし、ぱらぱらっと見たところ、ずいぶん平易な感じがする。
普段読書をしていていちばん不自由を感じているのが、自分の世界史の知識不足と、古典の読解力および知識のなさなので、少しはなんとかしてもらえないかという期待も持った。

読み始めたら、ほとんど一気に読み終えました。
内容は高校生向きくらいの感じの、正に古典の概説。
もちろん橋本治のことなので、そうそう一筋縄にはいかないけれども。

おもしろかった。
高校生の頃にこういうのがあれば、もっとまともに古典に向き合えたかもしれん。

古典文法等、細かいことにはほとんど触れていないし、原点の引用も実に少ないけれども、この本を読んで、古典全体の見取り図のようなものが頭に入った。
これまでは、個別に枕草子や源氏や徒然草にあたって、わかるようなわからんような気分になっていたわけだけれども、この本のおかげで、それぞれの作品の相対的な位置が俯瞰的に見えるようになった。
万葉仮名やひらがな、カタカナの発展の問題と絡めて、その辺がたいへん明快に解説されている。

自分が何を読んでるのかわからん状態でわからないものを読むのと、それがおおよそどのような位置づけにあるものかをわかった上でわからんものを読むのとでは、心理的な負担がまるで違う。
これで明日から源氏物語が読めるようになったかと言えば、絶対にそんなことはないだろうけれども、何故わからないかという理由はなんとなくわかるようになっているのではないかと思う。

『桃尻語訳枕草子』とかも、読んでみようかという気になりました。
やっぱ橋本治はえらい。

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2007年6月20日 (水)

子供の頃に読んでたマンガは……

自分が小学生の頃は、果たしてどんなマンガを読んでいたのか。
かすかな記憶を辿って思い出してみる。

4年生頃までは、とにかく専ら野球マンガだったような気がする。
そもそも野球に興味を持ったのは何歳頃だったか。

1年生になったら、既に野球をかじっていたように思う。
もしかすると幼稚園、か。
最初に野球について教えてくれた友だちのことも覚えているのだけれども、それが幼稚園なのか1年生なのかがわからない。
ワンアウト、ツーアウト、ではなく、ワンダン、ツーダン、と教わった。

もう少し後になると、記憶はややはっきりする。
1、2年生のときと、3、4年生のときとでは、付き合っていた友だちががらっと変わっているので、誰とどんなことをして遊んでいたかというのが記憶を辿る際のヒントになる。

ともあれ、一番最初に熱中したマンガは、ちばあきおの『キャプテン』だった。
1年生か2年生の頃には既に間違いなく夢中になっていた。
持っていた単行本を、近所の年上の悪ガキに脅し取られそうになったことも覚えている。
谷口くんではなくていがらしが好きだった。
それだからか、『プレイボール』の方は、それほど読まなかった。
今思い出しても、いいマンガだったと思うな、『キャプテン』。
また読みたいな。

学校でも、友だちとの話題は1、2年生の頃から野球が多かったように思う。
プロ野球観戦に連れて行ってもらった友だちの話がうらやましく、「○○球場には行ったことがある」などとウソをついて張り合っていたような記憶もある。
最初は親父の影響で中日を応援していたけれども、次第に広島ファンになった。
当時からひねくれていたのか、周りの友だちが誰も贔屓にしていない球団を応援しようと思ったのだ。
周囲に広島ファンは自分以外に誰一人いなかった。
でも、傘は阪神で、帽子は阪急だった。
ロッテをかぶってたこともあったな、そう言えば。
広島は、赤ヘルに変わってまだ間もない頃だったと思う。(その前は黒だっけか?)
あの赤い帽子をかぶる大胆さはなかったのだろう。
それでも、以来30年以上に渡って広島を応援しているのだから、思いこみというのは恐ろしい。

いや、マンガの話だ。

『キャプテン』の後には、かの『アストロ球団』にずっぱまった。
それが何歳頃なのかわからない。
かなり込み入ったストーリーなので、低学年では読めないのではないかと思うのだけれども、少なくとも3年生の頃には間違いなく読んでいた。
そう思うと、やはり当時の子供は、今の子どもに比べてマンガリテラシーがずいぶん高かったのかもしれない。
『アストロ球団』に移行すると、『キャプテン』の方はもうすっかりどうでもよくなって、そればっかりになった。
極端から極端っちゅうか、あの淡泊な絵柄から、どろどろに濃厚な世界へと、子供の適応力はすごいな、しかし。

『アストロ球団』と同時か、それとも少し後か、最終的には『ドカベン』に至る。
単行本でも読んだし、当時は週刊チャンピオンでも連載中だった。
小学校4年生の頃には、完全に『ドカベン』に釘付けになっていたのだけれども、読み始めたのがいつ頃なのかはまるで思い出せない。
やはり『アストロ球団』に比べれば、『ドカベン』は、数倍もリアリティがある(笑)。
子ども会のソフトボールチームには4年生から入るのが基本なのだけれども、ぼくは3年生から入れてもらっていた。
実践に活かせるのは、やはり『アストロ』よりも『ドカベン』だったのだろう。

『侍ジャイアンツ』は、単行本でも読んだけれども、基本はテレビだった。
『巨人の星』もテレビだけ。
『男どアホウ甲子園』とかは、高学年になってからさかのぼって読んだ。
あ、『野球狂の詩』も読んでたな。あれは古いな。映画になったのがいつ頃だ? 
3年生か4年生の頃には読んでたんだろうか。
うーむ。

野球マンガ以外はほとんど印象にないのだけれども、全くないわけでもない。

5年生になるときにぼくは引っ越しして転校しているのだけれども、4年生まで住んでいた家では、母親が賄い付きの下宿屋をやっていた。
間借り人は大学生や若いサラリーマンで、風呂は貸さないけれども、トイレは共用で、1つ屋根の下に4~5人を間借りさせていた。
その下宿部屋の方へ通じる廊下の隅に、間借り人が読み終えた新聞や週刊誌が積んである。
そこに時折、週刊ジャンプが置いてあることがあって、それをこっそり拝借して読んでいた。

印象に残っているのは、『トイレット博士』や、『サーキットの狼』。
『ど根性ガエル』もやってたと思う。
『アストロ球団』がまだ連載中だった記憶もあるので、もしかするときっかけはそれ、か。
『プレイボール』も、そうやって読んだジャンプで断片的に読んだ記憶がある。

週刊チャンピオンを友だちと回し読みしていたのは、いつ頃だったのだろうか。
『がきデカ』が連載していた頃も知っている。
目当てはなんと言っても『ドカベン』だったけれども、『マカロニほうれん荘』も極めて重要で、単行本も全て持っていた。
あとは、『ブラックジャック』、『750ライダー』とか、鳩がレースするやつとか、なんかいろいろあったな、そう言えば。

6年生の頃には、また週刊ジャンプに移行していたのだけれども、その変わり目もよくわからない。
『リングにかけろ』、『すすめパイレーツ』や本宮ひろしのマンガなんかが印象深い。
『こち亀』は当時からあったな、そう言えば。すげえな。
『東大一直線』もこの頃か?

えー、マンガ話は尽きませんが、時代考証がおかしい等、記憶違いがあればご指摘願います。
皆様の70年代マンガ体験はいかがなもんでしょうか。

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2007年6月17日 (日)

満田拓也『MAJOR』を買い与える

小3の息子がマンガばっかり読んでいる。
朝起きるとまずマンガを読む。
実家においてあったドラゴンボール四十数巻をどさっと持ってきてから、もう1年くらい経つだろうか。

ゲームやってるよりはマンガの方がずっといいように思えるので放置してあるのだけれども、いつまでもドラゴンボールばっかり繰り返し繰り返し読んでいるのがどうも気に入らない。
こいつくらいの年齢のとき自分が何を読んでいたか、と考えると、専ら野球マンガばっかりだった。
それで、野球ばっかりしてた。
うん、そうだ、ドラゴンボールよりは野球マンガの方がずっと好ましい気がする。
スーパーサイヤ人がどうのとか、ベジータがこうのとか、そんな話ばかり聞かされるのにももううんざりだ。
よし、一度、野球マンガを与えてみよう。

そう言えば教祖が、「『メジャー』がおもしろい。マンガ喫茶で読みまくった」というようなことを言っていた。
教育テレビでやってるアニメを息子はときどき見ているので、取っつきやすいかもしれない。
試しに1~5巻を買って与えてみよう。

うまくいった(笑)。
見事にはまった。
その日以来、ドラゴンボールはぱたっと読まなくなり、『メジャー』を繰り返し繰り返し読んでいる。
しかも、すっかりその気になって、休みの日になるとやたらとキャッチボールをやりたがる。

驚いたのは、『メジャー』前と、『メジャー』後で、息子のキャッチボール能力がずいぶんと向上したことだ。

うちの息子は、運動センスがない。
今月初めに子ども会のソフトボール大会があって、その全体のレベルの低さにも驚いた(と言うか、できる子とできない子の格差が極端に激しい。ここでもやはり2極化が進んでいる)のだけれども、うちの子はその中でも相当に下手だ。
それが、『メジャー』後に、少しはまともになってきた。
バットを持たせても、構えがだいぶまともになっている。

やはり、たとえマンガでも、イメージモデルみたいなものが必要だったのかもしれない。
よく考えてみれば、ぼくは野球中継もほとんど見ないので、息子は、「野球の様子」そのものを知らなかったのだろう。
いまだにルールもちゃんとわかってないし。
野球にかっこよさを感じていなければ、そりゃ上達もしないわ。
いや、もう少し早く気づくべきだったか。

それで、自分が小学生の頃、どういうマンガを読んでいたのか、ということを書こうと思ったのだけれども、それはまた次回にします。

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2007年6月12日 (火)

授業参観と珠算教室

小3の息子の授業参観。
昼に2時間休みを取り、仕事の合間に参観。
5限目、算数。

最初に割り算のプリントをやる。
毎時間やっているらしい。
2桁÷1桁の割り算が65問並んでいる。
先生が3分間計る。
よーいどんで開始。
3分で全部解ける子はタイムの短縮を目指す。
できたら「はいっ」と手を挙げて、先生が「○分○秒!」とタイムを教える。

3分でできない子は、前回よりも1問でも多く解くことを目指す。
3分経ったらみんなで答え合わせ。

今日、一番速い子は1分7秒。
さらに1分台が5人ほど続く。
息子のクラスは全部で25人くらい。
2分台に入ると続々と手が上がり、半分以上の子は3分以内に全て解ける。

さて、うちの子は……。

わかってる。
昨夜、家でもやってたから。
3分で35問しかできなかった。
今日、急にできるわけないよな。
でも、お前、「クラスで真ん中くらい」って言ってなかったか、おい。

やはり公文(くもん)に通っている子が強いらしい。

まあいいさ、速さだけが問題じゃない。
正確さの方が大事だ。
でも、速いこの方が確度も高いんだよな、えてして……。

そのような己の計算力に不安を抱いたわけでは絶対にないと思うが、先日、息子がソロバンを習いたいと言い出した。
どういう風の吹き回しかわからんが、習いたいと言うのなら習わせてみるかということになった。
公文よりはソロバンの方が好感が持てるし。

近所にある珠算教室は、ずーっと昔からやってる老舗だ。
うちの親父の代から名門である。
息子の友だちも何人か通っているらしい。
そこでいいだろう。
て言うか、いまどきはソロバンも流行らないようで、そこしか選択肢がない。

そういうわけで、今月からソロバン開始。

で、初日。
下の娘も連れて、愚妻が同行。
以下、愚妻と息子の話のポイントを要約。

・先生は80歳
・「あんたは何年生だ?」と20回は聞かれた
・「今は夏休みだからのう」と繰り返す。夏休み中だと思ってるらしい。
・で、もうすぐ夏が終わると思っているらしい。
・退屈そうにしていた4歳の娘を見て、「あんたもやるか?」とテキストをくれた
・でも、息子に渡したテキストより難しいやつだった
・て言うか、息子に渡したテキストが簡単すぎ
・おかげで約10日経過した現在、ようやく息子と娘、同レベルで並ぶ
・それでも娘に「追いついた!」と満足げな息子。それでいいのか、お前は
・て言うか、「ちょーかんたん!」とか言って、楽しいらしい、息子
・結果的には正解なのか……?

贅沢は言いません。
読み書きそろばん。
それだけきっちりできるようになってくれたらお父さんはそれでいいです。
何か得意なことがひとつくらいあると嬉しいけどなあ。

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2007年6月11日 (月)

井上雄彦『バガボンド』を読む

5年くらい前に10巻まで読んで止まってて、もう完全に忘れてたので、また1から読み直して、20巻まで一気読み。
うーむ、感動した。

井上雄彦のマンガにはエンターテイメント以上のものを期待してなくて、そのつもりで読み始めた。
往年の『スラムダンク』も、当時、教え子に借りて全巻一気読みしたけど、単に面白いだけだと思った。
絵の上手さやキャラ設定の巧みさ等にはたいへん感心したけれども、やはり極上のエンターテイメントというだけであって、それ以上の深みは感じなかった。

実際、この『バガボンド』も、前に読んだ10巻くらいまでは、やはりただひたすら「よくできた娯楽作品」という印象に変わりはなかった。
絵がかなりとんでもないレベルにまで来てるなあ、とか、おつうのキャラがいいなあ、とか、思うところはいろいろあったけども、何年かすれば忘れてしまうような作品だろうと思った。

それが今回、10巻を過ぎた頃から、だんだん様子が変わってきた。
武蔵の剣が成熟し、人間的に深みを増していくに連れ、作品にもどんどん深みが出てくる。

そして……小次郎編に突入。

泣きました、私は。
小次郎編、最高。
鐘巻自斎と小次郎の関係が特に泣ける。
とにかく絵がいい。
小次郎の顔がいい。
武蔵編は忘れても、小次郎編は忘れられないと思う。

小次郎編、どうも20巻でいったんおしまいらしい。
だから読むのもいったんストップ。
今、何巻まで出てんの?
25くらい?

この先はもうしばらく楽しみにとっておきます。

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2007年6月 7日 (木)

村上春樹『意味がなければスイングはない』を読む

村上春樹の音楽評論(?)集。
読み始めたのが去年の3月で、この日曜日に読み終えたので、1年と3ヶ月くらいかかった。
別にそんなに丁寧に読んでいたわけではなくて、去年に1、2編だけ読んでほったらかしてあって、残りはここ2週間くらいでまとめて読んだのである。
ほったらかしてあったのも、つまらなかったわけでは全然なくて、他の本を同時に読み始めたら忘れてしまってそのまま埋もれていたというだけだ。
むしろ、かなりおもしろかった。

ご存知のとおり村上春樹は音楽の聴き手としてもプロ級であって、独自の切り口も持っている。
おもしろくないはずがない。
ただ、本人も書いているとおり、そもそも音楽を文章で表現するというのは非常に厄介な仕事であって、しかも村上春樹のような立場であればそうそう下手なこともできないだろうから、それなりの決意を持って取り組んだ作業だろうと思う。

プロの音楽評論家ではないというエクスキューズはあるかもしれないが、逆に当代随一の小説家であるという事実もある。
結果的には、たいへんおもしろいものになっているとは思うけれども、やはり「あの村上春樹にしては」という前置き付きで、えらく凡庸なオチだな、とか、ずいぶんありきたりな表現だな、とか感じるような箇所もわりとあった。

それから、比べるのもおこがましいけれども、音楽の聴き方と言うか、音楽を評価する基準が自分と似ているようにも感じた。

ひとつには、ジャンル横断的な聴き方をすること。
実際、この本でも、得意のジャズからクラシック、ロック、カントリー、Jポップまで、幅広く取り上げられている。
ジャンルにこだわらないというのは、単にいろんなタイプの音楽が好きということではなくて、むしろ、本人の意識としては、わりとどんなタイプの音楽に向き合っても、聴き方としては一定なのではないかと思う。
だから、クラシックのピアニストを語るときも、スガシカオを語るときも、評価軸みたいなものがあまりブレない。

特に読んでいて共感が深かったのは、ウィントン・マルサリスを取り上げた1編。
現役ジャズ・ミュージシャンの中では図抜けた技術を持つウィントンの音楽がかくも退屈なのは何故か、ウィントンのどこがダメなのかということをじっくりと丁寧に書いている。

超絶テクを持っているというだけでそこには十分聴くだけの価値があるとするタイプの聴き手も多い。
そういう聴き方を決して否定するものではない。
当たり前だけれども、音楽において演奏技術は決定的に重要であって、原則的にそれなしでは音楽は成立しないし、技術が高すぎて困るということは決してない。
しかし、ウィントンの例のごとく、技術の高さは、必ずしも音楽の感動の深さと比例しない。
「技術の高さ=音楽性の高さ」であり、下手は一切認めない、といったようなことを言われると、抵抗を感じる。

結局、ぼくは、どんなジャンルの音楽を聴いていても、全てを「ソウル・ミュージック」として聴いているのではないかと思うことがある。
もちろん、それは60年代や70年代の黒人音楽であるところの、あの、いわゆるソウル・ミュージックではなくて、文字どおり、プレイヤーの「ソウル」が感じられる音楽、という意味で。

演奏を通じて演奏家の「ソウル」が自在に表現される(或いは、滲み出る)ようになるには、通常、それだけ楽器を自在に操るだけの技術が必要なはずであって、その意味において演奏力というのはやはり基本中の基本だ。
でも、演奏力が高いことは、必ずしもその演奏家の「ソウル」の質を担保しない。
技術さえあれば全てよしということにはならない。
めちゃくちゃ上手くてもなんか感じ悪ーい演奏というのは、確かにある。
逆に、演奏力が低くとも、何かの加減で、(多くの場合は演奏者自身にも無自覚なまま)、たいへんチャーミングなソウルがそこに現れることは、いくらでもある。

原則的に、ぼくはそのように考えている。
ような気がする。
もちろん話はそう単純ではないのだけれども。
そして、村上春樹は、おそらくこのような言い方に肯定的であろうと思う。

村上春樹は、クラシックも聴くけれども、この本を読む限り、器楽曲が多い。
特に、ここで取り上げられているのはピアノ・ソロばかりだ。
ぼく自身はクラシックはあまりよくわからないのだけれども、独奏なら概ね大丈夫。
ピアノ・ソロなら、ジャズでもクラシックでもポップでも、正直、何も変わらないと思う。

要するに、村上春樹は、「人」が好きなのだと思う。
音楽を通じて、いろんな人のいろんなソウルに触れることを楽しんでいるのだと思う。
そして、他のどの芸術表現と比べても、音楽を通じて触れることのできる「ソウル」は格別なものなのだと感じているに違いないと思う。
反応するポイントはぼくとは少し違うのだけれども、村上春樹がそういうふうに音楽を聴いているということが感じ取れて、なかなかいい本だと思った。

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2007年6月 6日 (水)

松田聖子と椎名林檎は同じである(3)

で、いよいよ本題の椎名林檎、と思っていたのだけれども、よく考えたら、松田聖子と椎名林檎は同じであるという趣旨なんだから、松田聖子について書きたいこと書いたら、椎名林檎についての私見もほぼ書き終えたも同然なのであった。

一応改めて整理すると、要するにこの2人というのは、単に自分のパブリックイメージに対して無自覚なまま歌いたいように歌った結果、そこに天性のナチュラルな魅力があった、というようなタイプのシンガーでは全くない、ということだ。
たまたま歌が好きで上手くて、他人にはないような持って生まれたチャームも備わっていた、というような天然のタイプではない(ポップ・ミュージックの歌い手はこのようなタイプが圧倒的に多い。と思う)。
もちろん歌は上手かったし、天性のチャームも持ってはいた。
しかし、その上に更に、自分が持っている技術はどのような種類のものか、その技術ひとつひとつがリスナーに対してどのように作用するかといったことに自覚的で、結果、自身が聴き手の目(耳)にどのように映るかというところまでをコントロールしている。
そこが10年に1人、20年に1人のレベルの才能であると思う。

松田聖子は、自分がどのように歌えば「80年代のアイドルとして相応しいイメージ」を創り出せるかを熟知していた。
椎名林檎が自身に与えたイメージは、それとは全く別ベクトルの、オルタナティブ・ロック風っちゅうか、デカダンっちゅうか、隠微っちゅうか、売女的・SM的・扇情的っちゅうか、まあああいう線なわけだけれども、そのシンガーとしての資質と方法は非常によく似ていると思う。

椎名林檎がすごいのは、単にシンガーとしてのみならず、ソングライターとしても超一級の才能を持っているところであって、ソングライティングからトータルに自分をプロデュースすることができるのが強みだろう。
与えられた楽曲の中で見事に役割をこなしていく松田聖子の凄味、というのもあるのだけれども、文学的なセンスも音楽的なセンスも全て持ち合わせた上で、自身を巧みに作品化していく椎名林檎もやっぱり偉い。

具体的な技も鑑賞してみましょう。

まず、発声のパターンもいろんなバリエーションを使い分ける。
ナチュラルな発声。喉をひしゃげたような、押しつぶしたような発声。喉を絞めて鼻から抜くような発声、等々。
いずれもアバズレ感と言うか、ズベ公感っちゅうか、そういうイメージを喚起する方向に作用してます。
扇情的な雰囲気も、例えば倖田來未みたいな健全なエロ、あからさまなエロではなく、湿度があって生々しい。
十分に挑発的なんだけれども、それが下世話になる一歩手前、デカダンな文学性みたいなものを感じさせるギリギリのところでストップしてる。
その匙加減が巧妙なんですな。

例えばヒットシングル「本能」の冒頭、♪やーくーそーくはーいらーないわー っていうところ。
激しく乱高下するアクロバティックなメロディ・ラインを絶妙なタイム感で歌いこなしながら、「ら」でお馴染みの巻き舌をばっちり決めて、最後の「わー」はなまめかしい声色で煽る。
このワンフレーズでもう持っていかれます、私は。
なんちゅうか、運動神経って言うのか、反射神経って言うのか、松田聖子でもそうだけど、決めるべきところで絶妙に間違いなくビタッと決めてくる、そういう反応のよさがいかにも床上手って言うか、何言ってるのかよくわからないけども(笑)、こういうところがとにかくやり手的なイメージを強化するんだと思います。

例えば「ギプス」。(これが目下のところ椎名林檎の最高傑作か?)
♪だって写真になっちゃえばー のところで、
だっ(v)て写真になっ(v)ちゃえばー
と、必要以上に小刻みにブレスを入れるあたりがいかにもテクニカル。
でまたそのひきつったようなブレス音が挑発的でいやらしい。
サビにおける、ドスのきいた、押しつぶしたようなスクリームと対照をなして、見事な布石となっております。
こういう細かい技を積み重ね、連続技として次々に繰り出してくる、その過剰な感じがまたいいんだよな。
興奮してばっかりだけど(笑)。

詞は、まだまだ未成熟な言葉遣いも多いけれども、それでも、

♪女に成ったあたしが売るのは自分だけで
 同情を欲したときに全てを失うだろう
(「歌舞伎町の女王」)

といったような硬質な言葉や(昔の泉谷しげるみたいだ)、

♪そしたらベンジー あたしをグレッチでぶって
(「丸の内サディスティック」)

なんちゅう挑発的な言葉を持ち出してくるセンスは見事。
そうそう、知的でエッチっていうのもポイントの1つか。

要はそんな大仰な話ではなくて、自分がこういったタイプに弱いだけというような気もしてきたけれども、松田聖子にしても椎名林檎にしても、コアなファンは同性だと思うわけで、やはり同性のリスナーは、この2人が巧みに自分のパブリックイメージを創出していく、そのアーティストとしての有りように共鳴しているのではないかと思う。

以上、尻すぼみですんません。
とりあえず満足しました。

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