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2007年5月 8日 (火)

百閒先生と樹先生

内田樹「下流志向」(講談社)を読む。
結論だけ言うと、めちゃくちゃおもしろい本でありました。
学力低下や労働意欲の低下について論じた文章は数多いけれども、これほど心底納得したものはない。
文科省職員から現場の教員まで、日本全国すべての教育関係者に読ませたい。

同時進行で、内田百閒「随筆億劫帳」(旺文社文庫)も読んでいるところで、こちらも読了した。
去年の出張の際に読み始め、以来ずっと持ち歩いて、昼休みに蕎麦屋で昼食をとるとき、注文してから蕎麦が出てくるまでの待ち時間にだけ読んでいた。
注文してから蕎麦が来るまでは、早いと1分、遅くても5分くらいなので、毎日せいぜい2~3頁しか進まないけれども、1つ1つの随筆は2~3頁分くらいなので、こういうシチュエーションで読むのにたいへん適している。
1日1本ずつ。

この「随筆億劫帳」は、最後の方は座談や講演が収録されているのだけれども、その講演で百閒先生が、視覚と聴覚の境目ということについて語っておられる。
目と耳はどっちが大事か。
耳だと百閒先生は曰う。
聴覚を封じられることは言語を封じられることである、と。
更に話は広がって、目は空間の機関(ママ)であり、耳は時間の機関(ママ)である。
音楽というのは時間の継続の芸術であって、時間がなければ音楽というものは成り立たない、と。

ふむふむなるほどと思いながら蕎麦をすすって、その夜家に帰り、「下流志向」の最後の数頁、質疑応答部分を読んだら、内田樹先生が、それとほぼ同じことをしゃべっている。
なんというシンクロニシティ。
膨大な百閒先生の著作の中のほんの1冊の中のほんの数行に書かれていることと、もしかすると実際にそれを元ネタにしているかもしれない内田樹の、数多い著作の中のほんの1冊の中のほんの数行に書かれた同じ話を、1日のうちに偶然にも一度に読んだ。

……とまあ、そういう話をここに書こうと思っていたのは、もう1ヶ月くらい前なのだけれども、さあ今日こそは書こうと思っていたところ、本日の内田樹先生のブログのエントリーには、なんと百閒先生の話題が。
むむむ、なんというシンクロニシティの連続。

内田樹は、自身と養老孟司と鷲田清一と茂木健一郎の共通点が「おばさん」的知性であるとし、その「おばさん」的知性の代表的存在が百閒先生であると書いている。

内田樹の論法が、少なからず百閒先生の影響を受けているのではないかということは、前から気付いていた。
だいたい、吉本隆明にしても、橋本治にしても、高橋源一郎にしても、内田樹が好んで話題にあげる物書きは、ぼくがこれまで好んで読んできた物書きと、驚くほど一致する。
だからこそ内田樹の文章もこれほど性に合うのだろうと思う。
ポイントはどうやら、「おばさん」的知性、ということらしい。(詳細は樹先生のブログを参照)

百閒先生の「随筆億劫帳」は、あまり取り上げられることはない著作だけれども、実に傑作である。
随筆もいいけれども、最後の座談の部分もとてもよい。
ワケの分からないことを言って相手を煙に巻いているように見えながら、短い中にも含蓄のある言葉の連続であって、またそれが本当に深い意味を持っているようでもあり、単に面白がっているだけのようでもあり。
百閒先生がお金について、貧乏について、音楽について、ちらっと語る。その数行の中に、それだけで何十枚もの分量の原稿が書けそうなアイデアがふんだんに含まれているのがわかる。
この語り口こそが「おばさん」的知性の真髄であって、内田樹が言うように、こういうことをやらせたら百閒先生の敵になるものはまず見当たらないという気がする。

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コメント

下流志向おもしろかったんだ?買ってあるけど、まだ読んでないんだわ。読んでみよう。

投稿: ふより | 2007年5月13日 (日) 20時53分

素晴らしいです。是非。

投稿: riki | 2007年5月14日 (月) 00時36分

ありがとうございます。

旺文社文庫は古書市場で高いね。
国会図書館でも行ってみようかしらん。

投稿: chinsan | 2007年5月15日 (火) 15時54分

この本、私も読んでみたい。
「おばさん的知性」ってなんのことかよくわからないけど、オバサン的直感ならよくわかる。

投稿: きょうたん | 2007年5月15日 (火) 16時21分

→chinsan ぼくが内田百閒をコンプリートした頃も既に高騰しかけてました。神田の古書街なんかも見ましたけど、ヤフオクがいちばん安かったです。今出てる文庫のどこかに収録されてないんですかね。
→きょうたん(ショーエ) おばさん的知性は、内田樹曰く「自分自身が行っている推論の構造を本人もよくわかっていない、というのが「おばさん」的知性の特徴」とのこと。おばさん的直感からスタートする知性、ですな。

投稿: riki | 2007年5月15日 (火) 23時58分

はじめまして


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失礼いたしました。

投稿: おとなのコラム | 2007年7月24日 (火) 18時03分

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