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2007年5月

2007年5月31日 (木)

松田聖子と椎名林檎は同じである(2)

マーク・ネヴィンの書くあまりにロマンチックで情緒過多な詞も、エディ・リーダーが歌うと思わずその気にさせられてしまう…………というようなことを、ずっと以前、フェアグラウンド・アトラクションについてのエントリーで書いた。
それが「歌」の力である、と。

歌詞にもいろいろある。
言葉だけ取り出してもそのまま現代詩として成立するようなよくできた歌詞がある一方、歌詞カードだけ読んでいたらどうしようもなく頭悪そうなくだらない詞も世間にあはふれかえっている。
しかし、当然ながら、歌詞は文学ではない。
歌詞が文学的である必要は、必ずしもない。
ボブ・ディランやブルース・スプリングスティーンの書く詞のように、そこに高度な文学性が発生する余地はもちろんあるし、それが悪いことであるはずもないけれども、一方でまるで文学的でない、質の低い言葉が、「歌」になった途端にとてつもないチャームを生み出す、というようなこともいくらでもある。
同じ「I love you」と歌っても、ジョン・レノンが歌うのと尾崎豊が歌うのとでは、(比べるのも失礼だけれども)、説得力がまるで別モノだ、ということが起こる。

陳腐な言葉でも、歌の力でその気にさせられてしまう、ということはある。
I love you という陳腐な言葉が、歌の力によって、これまで聴いたことのないような新しい「I loove you」になる。
「歌」には、そのように言葉を再生させる力、言葉を別の次元に持っていくマジックがある。
使い古され、陳腐化した言葉が、メロディやリズムや歌い手の声そのものや歌の技術によって、甦ることがある。

アイドル時代の松田聖子の詞は、そのほとんどを松本隆が手がけている。
松本隆は、プロとして、きっちりと「アイドルのための」仕事をしている。
それはもちろん決して質の低いものとは思わないけれども、なんつっても当時のアイドル向けに作られた詞である。
そもそも松本隆は、内容よりも、響きのよさやムードで言葉を選ぶ作詞家だ。
そこに描かれているのは、結局は、中2女子の恋愛観っちゅうか、B級少女マンガの世界っちゅうか、まあそのようなものなわけである。

しかし。
そのような、もうとっくの昔に陳腐化していたはずの世界が、松田聖子の歌によって見事に再生する。
くだらないこと歌ってるなあと思いながらも、半ばその気にさせられていく。
詞の情景がありありと眼前に浮かぶ。
あきらかにだまされていると知りながらも、だまされているのが快く思われてくる。

松田聖子は、テレビでは、万人が突っ込まずにはいられない「ぶりっこ」ぶりを披露していたわけだけれども、歌の中では、与えられたキャラを完璧に演じきり、聴く者全てを100%その気にさせることができた。
前回のショーエのコメントにあるように、「テディベアを抱いて滑り台を滑りながら舞台に登場したりする」シーンには誰もがずっこけても、歌の中では、テディベアを抱いている松田聖子が全然OKになる。
松田聖子のリスナーは、生身の松田聖子が発する女としてのフェロモンに反応していたわけではない。と思う。
敢えて言うなら、「歌の中の松田聖子」に惚れていたのであり、それはすなわち、歌の中で細部まで完璧に作り上げられたリアルなつくりものの世界とその肌ざわりに心酔していたのである。
だからこそ女性のファンが多いのだ。
生身の松田聖子に自分を重ね合わせることはできずとも、歌の中の松田聖子にシンクロするのはいともたやすい。
いや、松田聖子は、その歌の力で嫌が応にもリスナーを歌の中に引き込む。

では、具体的なワザを少し見てみます。

松田聖子の歌唱力のピークは、ずばり82~83年頃だと思っている。
デビュー当初から全然上手いし、最初期は最初期で溌剌とした若さがあっていいのだけれども、押す一方で、巧みな「引き」のテクニック、緩急の妙がまだ身に付いていない。
逆に、90年代になってくると、ちょっと上手すぎると言うか、技に溺れると言うか、あざとさが見えると言うか、そういう感じが出てくるし、何より声が老いてくる。
ベストの1枚としては、82年の『パイナップル』を推します。
これはぼくが当時(レンタルじゃなく)自分で金を出して買った唯一の松田聖子のアルバムなので、個人的な思い入れが強いだけだと言われても仕方がないけれども、その前後の「キャンディ」「ユートピア」あたりを含めて、やはりこの辺が歌い手としての最盛期だと思う。

ぼくが気付いた具体的な松田聖子の技の数々。

・基本はウィスパー系の発声から一転張りのある明るい声へというコンビネーション。
・タ行をもたつき気味に、たどたどしい感じで発音。
・ラ行は、舌っ足らずな感じで、英語のL音に近い。
・ナ行も甘ったるくN音を強調。「ね」は「んねー」的に。
・「う」「す」「つ」等、ウ段の音は、必要以上に口をすぼめてかわいらしく。
・濁音は注意深くそーっと発音し、清音との中間のような発声。例えば「じ」は「し」に近い音で、等。
・この前書いたキョンキョンの「スターダストメモリー」の「メモー」の例のように、マ行を幼い感じでまったりと発音する。とくに「モ」がかわいい。
・ブレスの切れ目やロングトーンの終わりで跳ね上げる。今では誰もがよくやる技術だけれども、最初に確立したのは松田聖子か。
・ブレス音は敢えて大仰に。「息が切れてる感」により、セクシュアリティやけなげさを演出か。(さらにそのブレス音が強調されるようなイコライジングが施されている。技術的なことはよくわからないけれども、中高域あたりのどこかをぐいっと上げてやるんだったと思う。これはサ行をも強調する。松田聖子に限らず、ウィスパー系、ハスキー系のシンガーにはよく使われる処理だ。)

……いや、こういうの列挙しても意味ないな。
要は、こうした細かい技を随所随所で的確に駆使しながら全体の緩急を組み立てていく構成力、コンビネーションの妙。そこがすごい。
作詞家の意図を120%活かして、要所要所で的確にそれぞれの言葉のツボにはまった技を展開する反応のよさたるや恐るべし。
自分をアイドルらしく、かわいく見せる術を完璧に把握していて、それを抜群の反射神経で次々に繰り出しながら、全体を巧妙に組み立てていく技術がすごいのだ。
そしてその高い技術ゆえ、歌の中では、決してそれがテディベアで滑り台的な「やりすぎ」感を与えない。
注意深く聴いていると明らかに演出過多なんだけれども、全体としてそれが嫌味でない。

どこまでが意識的でどこまでが本能的な技術なのかはわからない。
しかし、少なくとも松田聖子を聴いていると、こいつにはリスナーにとって何が快いか、自分のひとつひとつの技によってリスナーがどのような印象を抱くか、といったようなことの全てが極めてクリアに見えているのではないかと思えてくる。
緻密な計算とそれを裏付ける確かな技術によって、自分のイメージとリスナーの心理を完璧にコントロールしているような印象を受ける。
やっている音楽もシンガーとしてのタイプもまるで違うけれども、そうしたところが、椎名林檎と非常に近い気がするのだ。
「男が何を考えているのかを全て察知する」タイプに見えるのは、こうした印象によるものと思われる。

敢えて技術的な弱点を言うならば、リズムだろうか。
やはり松田聖子は、椎名林檎のようにロックの人ではないので、ところどころリズムの甘さが見られる。
しかし、そういう音楽を歌っているわけではないのだし、全体の完璧さから見れば相対的に甘いという程度でしかない。

『パイナップル』には、ヒットシングル「渚のバルコニー」や「赤いスイートピー」も収録されていて、それらももちろんいいのだけれど、シンガーとしての魅力を堪能するには、M③「ひまわりの丘」をまず推します。
M①「PRESENT」と共に来生たかおの作曲なんだけれども、この人は松田聖子の歌の魅力を実によく理解した曲作りをしているように思う。
松田聖子で1曲だけ選べと言われたら、「風立ちぬ」等、大瀧詠一の手による一連の作品も捨てがたいけれども、個人的にはこの「ひまわりの丘」をまず思い浮かべるかもしれない。
それくらい歌がいいです。

長くなってきたのでそろそろ結論。
松田聖子は天才歌手である。
それは、80年代のアイドルとして、中2女子の恋愛観、少女マンガの恋愛観のような世界のキャラクターとして自分を表現することにおいて、天才的なシンガーであるという意味だ。
自分が演ずるべき役割を100%理解していて、しかもそれを完璧な技術で完璧に演じきることができる。
ただ歌えるだけではない、そうした頭の良さと鋭敏な感覚、瞬間瞬間にツボを突き、細部表現に次々と反応していく反射神経、そしてそれらを躊躇なくやってのける図太さ。その全てを持ち合わせている点において、天才だと思う。

まだまだ椎名林檎編につづきます。

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2007年5月28日 (月)

松田聖子と椎名林檎は同じである

前回エントリーに対してchinsanからいただきましたコメントで、松田聖子について書こうと思っていたことを思い出した。
いや、正確には、松田聖子との比較の上で、椎名林檎について書こうと思っていた。
いつのことだっけか、もう何年も前に書こうと思っていたネタだ。
歌詞論からはややずれるけれども、この機会に書きます。

結論から先に言うと、松田聖子と椎名林檎は歌い手としての資質がだいたい同じである、という暴論です。
さて、どこがどんなふうに同じ、か。

単に歌が上手いだけのシンガーならいくらでもいる。
しかし、この2人のカリスマ人気は突出しているし、それはやはりそれだけの特別な才能に裏付けられたものであるはずだ。
音楽的に単に上手いというだけではなく、そこにプラスアルファのサムシングがないと、ああいうレベルには達しない。

なんちゅうか、その、しなをつくるのが天才的に上手い女の人っていますよね。
自分のどのような仕草や行いや言葉が男に対してどのように作用するかというのを完全に把握していて、それをきっちりコントロールして実行に移せる、って言うか。
ごく簡単に言ってしまえば、松田聖子と椎名林檎というのは、タイプは全然違うけれども、「歌」の中で、そういうことをほぼ完璧にやってしまえる歌い手だと思うわけです。
いや、実生活は知りません、もちろん。「歌」の中でやってるっていう意味。

ただ、椎名林檎は、某音楽誌のインタビューで実際に、「男が何を考えているか察知するのが得意」みたいなことをしゃべっていた。
あ、こいつ今、こういうことを言われたがってるな/されたがってるな、っちゅうのを鋭敏に察知して、それを利用することで相手を手玉に取る。そのようなことがいかにも上手い、繊細さと大胆さを兼ね備えたタイプのように思える。
そういう人は水商売に抜群に向いているのだろうけれども、実際、椎名林檎はアマチュア時代に執拗にその道の人々から誘われたとのエピソードも語っていた。
確かに、キャバクラとかに椎名林檎がいたりしたら、100%術中にはまってしまう自信があります、ぼくは。

松田聖子も、全然勝手な想像だけども、たぶんそんな感じなんじゃないかという気がする。
反射神経がいいっちゅうか、相手の反応を見ながら常に瞬時の判断で最善の一手を繰り出す技術がある、みたいな、そういうタイプのように思える。

いや、実生活はどうでもいいんだ、実生活は。
あくまでも、歌い手としての技術の問題を語ろうとしております。
そんなに幸福そうじゃないし、実生活。2人とも。
それと、この2人のシンガーが撒き散らす女性ホルモンに男はみなやられているのだ、とか、そんなことが言いたいわけでもありませんですよ、念のため。
実際、この2人を支えているコアなファンは、おそらく同性の人々であろうと思う。
そう、同性に認められなきゃ本物じゃないです、やっぱり。

断っておくけれども、ぼくはアイドルとしての、女としての松田聖子には、これまで一度も興味を持ったことはない。
松田聖子のアイドルとしての全盛期は、ちょうどぼくの中学~高校の時期に当たるけれども、松田聖子をかわいいと思ったことなど一度もなかった。
ぼくが好きだったのは石野真子です。
今でもわりと好きです。

しかし。
にもかかわらず、当時、自分で金を出して買った唯一のアイドルのレコードは、松田聖子だった。
レンタルレコードで借りたのも、松田聖子だけだった。
その頃、松田聖子のシンガーとしての技量をどれほど認識していたかは記憶がないけれども、少なくとも、「聴きたい」と思うアイドルは松田聖子だったのだ。
カセットにダビングした初期のベスト盤『SEIKO INDEX』を何度繰り返し聴いたことか。

結局、ぼくだけじゃなくて、多かれ少なかれみんなそうだったんじゃないかとも思う。
松田聖子は、アイドルとしてそのルックスや振る舞いが優れていたという面ももちろんあるのだろうけれども、結局はみんな、意識しようがしまいが、あの歌声にやられていたのではないかという気がする。

テレビで見る当時の松田聖子は、いわゆる「ぶりっこ」の始祖であって、中高生の目にも、「それはちょっとないだろ」と思えた。
とてもかわいいとは思えなかった。
しかし、そのぶりっこキャラが、歌の中では完璧に生きるのである。
歌の中でのキャラ作りは、明らかに天才のそれなのである。

眠いので次回に続きます。

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2007年5月26日 (土)

歌詞における意味と音

内田樹のブログは毎日おもしろいけれども、5月17日のエントリーはとりわけおもしろかった。
ほんとは読んでもらうといちばんいいのだけれども、要するに要点は、

『私どもはポップスの歌詞を意味レベルで評価する傾向があるけれど、人間の声が「楽器」である以上、歌詞における音韻の選択には必ずや歌手ごとに「偏り」があってしかるべきなのである。』

ということです。
でも、後半の各論がとてもおもいしろいので、是非読んで下さい。

また、遠くさかのぼりまして、2005年8月23日のエントリーでも、よく似たことが語られている。
ほんとは読んでもらうといちばんいいのだけれども、なかなかそうもいかないだろうから、重要なところを抜粋します。

『音声を意味で聴くひとは、音声そのもの持っているフィジカルな現実変成の力を軽んじるが、音声の力を侮ってはいけない。
古代中国には「嘯」という発声法があった。
「うそぶく」と訓じるが、もともとは口笛を吹くような鋭い音だったのではないかといわれている。
これは「破邪顕正」の呪法のひとつである。
「笑い」もそれに同じく、破邪の呪法である。
だから、鞍馬天狗や月光仮面や七色仮面や桃太郎侍や水戸黄門は登場するときには「はははははは」と哄笑したのである。
あれは何かおかしいことがあって笑っているのではない。
その場に漂う邪気を祓うために呪を行っているのである。』

『音楽の分析において和音進行や歌詞についての研究は無数にあるが、音声・音韻の持つフィジカルな力に着目したものは少ない。
私はひさしくポップスの魅力の本質は「音声」そのものにあると考えてきた。
それは和音や歌詞はローカルな文化に属するけれど、音韻がもつ現実変成力はある意味で「超歴史的・超空間的」に同一であるような気がするからである。
私が50年代末にはじめてエルヴィス・プレスリーをラジオで聴いたとき、私は英語の歌詞をもちろん一語とて理解できなかったけれど、その「声」はダイレクトに身体にしみこんだ。
エルヴィスの発する音声はほかのどの歌手の出す音とも違っていた。
それは微妙に震動し、動物的な「ぬめり」があった。
私が聴いていたのは、歌詞でもないし、サウンドでもないし、リズムでもなく、「声」そのものだった。』

『90年の歴史をもつハリウッド映画には興行収入や観客動員数や文化的影響において華々しい記録をもつ無数の映画が存在するが、五大陸のすべてでヒットした映画はひとつしか存在しない。
ニューヨークでも北京でも、ナイロビでもホノルルでも、東京でもイスタンブールでも客が押し寄せた唯一の映画。
人種、宗教、言語、風俗を超えて圧倒的な支持を得た唯一のハリウッド映画、それは『燃えよドラゴン』である。
世界どこでも、映画館を出た若者たちは、そのまま空中に躍り上がって「アッチョー」と絶叫したのである。
ブルース・リーが発したこの「怪鳥音」と呼ばれた音声はあるいは中国古来の呪法の流れを汲むものではないかと私は想像している。
その「音」は観客をおそらくは分子レベルで震撼させたのである。
音は意味よりも深く遠い。』

ほとんど全部抜粋してしまいましたが。

そう、正に、私どもはポップスの歌詞を意味レベルで評価する傾向がある。
一般の音楽誌等で、音楽評論をその都度的に読み物として成立させようと思ったら、どうしても意味レベルで歌詞を評価するのが手っ取り早い。
しかし、実際には、「音は意味よりも深く遠い」のだと内田樹は言う。
その通りだと思う。

古い話で申し訳ないけれども、学生の頃、自分も関わっていた某音楽誌に、おおよそ次のようなことを書いたライターがいた。
曰く、『小泉今日子の「スターダスト・メモリー」は、「♪スターダストメモーリー」って歌う、その「メモー」のところがかわいい』、と。
最初は笑って読んでいたのだけれども、よくよく反芻してみると、なるほど確かに「メモー」のところがかわいいし、それは実はこの決して歌のうまくないアイドルをチャーミングに見せる上で、かなり重要な働きをしてるような気がしてきた。
「メ」と「モ」はどちらもマ行だけれども、これは「口唇音」と言って、唇を閉じた状態から発声する音である。
その連続がある種のたどたどしさとけなげさを醸し出すのだと思う。
理屈はともかく、こういうことは大事なんじゃないか。歌詞は意味も大事だけれども音韻の選択も重要なのではないか、と、それ以降、意識して考えるようになった。

歌詞というのは、実に語るのがやっかいなテーマだ。
そこには、多様なファクターが複合的に作用するからだ。

内田樹は、かねてから歌詞における音韻の選択についてよく言及する。
また、音声そのもの、人の声が持つ「現実変成力」というのも、実に示唆に富む指摘だ。
しかし、かと言って、やはりそれは言葉なのだから、そこには「意味」も発生する。
音は意味よりも深く遠いけれども、じゃあ意味はどうでもいいかというと、決してそうとは言えない。
いくら音韻の選択が耳に快くとも、意味が否応なしにそれなりの文脈を生み出してしまう。

また、例えば、音韻が巧みに選択された歌詞があるとする。
しかし、それは、誰が歌っても同じように作用するわけではない。
このシンガーがこの声でこういう音韻を歌うと気持ちいいけれども、あのシンガーではまるでダメ。ということはいくらでもある。
また、この人がこの声でこういう「意味」を歌うとかっこいいけれども、あの人では気持ち悪い。ということもいくらでもある。
大瀧詠一は鼻濁音が上手だったり、キョンキョンはマ行がかわいかったりする。
同じ歌をうたっても、他のシンガーではそうはいかないかもしれない。

人が歌をうたうとき、その歌詞の、「意味」と「音韻」と「声」は、常に複合的に作用するのであって、本当はどれか1つを切り離して論じても意味がない。
あるシンガーが、その声で、そのような音韻で構成されたそんな意味内容を持つ歌をうたったときに、全体としてどのような結果が生じるか、というのが「歌」の価値になる。
もちろん、歌詞がどのようなメロディに乗っているか、どんなリズムでどのような符割りになっているのか、というようなことも、また別の位相で決定的な重要性を持つ。
もっと言うと、歌っているときのシチュエーションや着ている服、その人のキャラクターやイメージも無関係ではないのだけれども、そこまで行くともうたぶん収拾がつかなくなります。

……という話を書き始めると、1ヶ月くらいは連載できるのではないかと思っていて、ずっとあたためているネタなんだけれども、話が膨大すぎて、どこから手を着けていいのかわかりません。
そのうちやる気が出たら、「音楽と言葉」とか「歌にとって歌詞とは何か」とか、背骨が反り返るくらいの大上段のテーマで書き始めるかもしれませんが、可能性は低いと思うので安心して下さい。

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2007年5月20日 (日)

南伊勢ツアー

去年まで観光開発関係の部署にいたうちのボスがレアなツアーを企画してくれたので、昨日は家族4人で参加。
ケニア人、ブラジル人、中国人、オーストラリア人のスタッフも全員参加で、職場の人々と総勢10人余で、県南部へ。
南伊勢町というところで、伊勢志摩からほど近いこの辺は、特にこれといった目玉になるような観光資源があるわけではないのだけれども、食べ物は美味いし、ただ車で走っているだけでも気持ちがいい漁村。
ほんとにいいところなんだけれども、かと言ってじゃあ何があるのかと言われると、特に目玉がないのでわかりやすい説明がしづらいという、微妙な感じの場所だ。
昔はこの辺の民宿に毎年泊まりに来ては、海産物を喰らい大酒を飲んだ。

午前中は、竹炭を焼いている民家にお邪魔して、竹炭石鹸づくりの体験。
石鹸の素みたいなのを火にかけて溶かし、そこにパウダー状にした竹炭を混ぜて、竹筒に流し込む。
固まったら竹筒を割って、真っ黒い石鹸を取り出します。
なかなか楽しい。

続いてお昼は、またまた別の民家に移動して、鯛の塩がま焼き体験。
まずは、30cmくらいの立派な鯛の、ワタとウロコを取り除きます。
そして、大葉と昆布で鯛をくるみ、卵白を混ぜた大量の塩でその鯛をまるごと包み込んで、オーブンで焼くこと約30分。
ほんとは炭火で焼くらしいけど、時間と手間の都合により今回はオーブンで。
卵白によってがちがちに固まった塩のコーティングを、木槌でたたき割って食べます。
大葉と昆布の出汁が実によく効いていて、美味。
同時進行で作った鯛飯も最高でした。
おかわりし続ける子ども達。

午後はいよいよ港に移動。
小さな漁船に乗せてもらって沖へ。
養殖している鯛にエサをやるツアー。
一応ライフベストは着るんだけれども、実にラフで無防備な感じ。
漁船も無防備だけれども、沖に出たら、船からそのまま養殖の筏に立って降りる。
幅30cmほどの板を踏み外せば、すぐ海に落ちます。
うち、4歳の娘もいるんすけど、お構いなし。
こんなの、大手の代理店とかがからんでいたら、120%許されない企画だと思います。
観光協会のおねえさんは、「落ちたら船長が拾いますから」とか言ってへらへら笑ってる。
さすが。漁村の人はそうでなくちゃ。大らかでいいなあ。
折からの強風でへっぴり腰になりながら、全員、養殖の鯛にエサを与える。
うひょー、とか嬌声をあげながら走り回る息子。
うーん、楽しい。

最後は、穴子と蛸の仕掛けの網を引き上げる。
それなりに重いから、うちの息子がやると今にも海に落ちそうになっているのだけれども、船長、平気で笑って見てます。
残念ながら穴子は不発だったけれども、蛸はでかいのを3匹ゲット。
なんと船長、3匹ともお土産にくれました。

少し湾内をクルージングしてもらい、最後は港に戻ってその蛸をぶちぶち皆に切り分けてもらう。
切り分けてもぐねぐね動き回り続ける蛸の各部位に、外国人は著しく動揺(笑)。
引き取り手が少ないので、取り分が多くなった。

以上でツアー終了。
これだけ充実して、費用は信じられないくらい安い。
ボス、ありがとうございました。

夕方、家に帰着して、早速もらった蛸を料理。
生で食べる、茹でて食べる、唐揚げにして食べる、最後はタコ焼きの蛸づくし。
連れて帰ったケニア人スタッフと Wii で盛り上がりながらビールがんがん飲んで、蛸、ほぼ食い尽くす。

充実しました。

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2007年5月17日 (木)

今日の1枚 『Relaxin' with The Miles Davis Quintet』

酒量が確実に増えている。
この日曜に缶ビールを10本と缶酎ハイを6本買ったはずなのだけれども、それがもう今日全てなくなった。
うーむ。

毎日毎日ここに書こうと思っていることが山ほどあって、それが家に帰ってきてビール飲んだらすっかりどうでもよくなって、だらだら過ごしてしまう。
内田樹が今日のブログでまた面白いことを書いているので、これについて是非追求したいのだけれども、ややこしいこと書く体力がない。
文章を書くどころか、読むのも面倒で、せいぜい音楽を聴くぐらい。
ずーっと欠かさず晩酌をしてた人がぴたりとお酒をやめて、「とにかく夜が長い」と言っていたけれども、正にそうだろうなあと思う。
でも、有意義な時間も増えるだろうけど、ストレスも増えるだろうしなあ……。

ジャズは基本的にアナログ盤で買うことにしていたので、アナログの再生環境を撤去してしまった今、持っていたものがほとんど聴けない。
特に気に入っていたものを、ぼちぼちCDで買い直しております。
ユニバーサルが今やってるJAZZ THE BEST という廉価シリーズは、ジャズの超有名盤が1枚1100円。

マイルスは、これがいちばん好きかなあ。
70年代以降の、あんまりややこしいジャズはよくわからないし。
これはわかりやすくて、なおかつ味わい深いし、どんな気分のときでも聴く気になれる。
とっつきやすいのに決して軽くないところが名盤たる所以であろうかと思う。

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2007年5月12日 (土)

火事

昨夜、いつもより少し遅めの時間に自転車で帰宅して、家のすぐ近くまで来たところ、どうもきな臭い。
どころか、気がつけば辺りには折からの強風で西の方からどんどん煙が流れてきて、消防車と救急車が走り回っている。
空を見ると、西の方がぼんやり明るく、その上には真っ黒な煙が充満している。
かなり近そうだ。
ちょっと行ってみることにした。

自転車で5分も走ると、火事の現場であった。
既に野次馬が結構集まっている。
消防車はまだまだ足りないらしく、続々とやって来る。
出火した家はすごい勢いでめらめら燃えていて、全焼は免れ得ないであろう。
不幸中の幸いか、強い風は西から東に吹いていて、燃えている家の東側は道路である。
もし逆向きに風が吹いていたら、家が密集している側が風下になり、たいへんなことになっていたに違いない。
それでも、びっちりと隣接している西側と南側の2軒には、延焼しているように見えた。
南側の家には消防隊員が2階の窓から入っていく。
逃げ遅れている人がいないか見に行くのだろうか。

野次馬がどんどん集まってくる。
携帯で写真撮ってる奴も多いけれども、それはちょっとどうかと思った。
やがて地元のテレビ局も来た。
そのあたりでもう帰ることにしたのだけれども、後で聞いたら、老人が2人亡くなったとのこと。

まだ燃えさかっている火事の現場を目撃したのは、これが2回目だ。
初めて見たのは、学生で東京にいた頃だった。
何やら外が騒がしいと思ったら、住んでいたアパートから歩いて5分くらいのところで火事があり、冬の夜だったのだけれども、上着を着込んでわざわざ見に行った。

39年で2回というのは、火事との遭遇体験として多いのか少ないのか。

それにしても、やはり新建材のせいなのか、いまどきの家は、燃えると異臭がする。
近くにゴムの工場もあるので、最初はそこが燃えているのかとおもったくらい。
目の当たりにすると、やっぱり相当怖いです、火事は。

今日、息子のソフトボールの練習について行って、お昼に終わった後、昨夜の現場を改めて見に行ってみたら、現場検証か何かなのか、まだまだ消防や警察がたくさんいて、まだ煙が少しくすぶっていた。

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2007年5月 8日 (火)

百閒先生と樹先生

内田樹「下流志向」(講談社)を読む。
結論だけ言うと、めちゃくちゃおもしろい本でありました。
学力低下や労働意欲の低下について論じた文章は数多いけれども、これほど心底納得したものはない。
文科省職員から現場の教員まで、日本全国すべての教育関係者に読ませたい。

同時進行で、内田百閒「随筆億劫帳」(旺文社文庫)も読んでいるところで、こちらも読了した。
去年の出張の際に読み始め、以来ずっと持ち歩いて、昼休みに蕎麦屋で昼食をとるとき、注文してから蕎麦が出てくるまでの待ち時間にだけ読んでいた。
注文してから蕎麦が来るまでは、早いと1分、遅くても5分くらいなので、毎日せいぜい2~3頁しか進まないけれども、1つ1つの随筆は2~3頁分くらいなので、こういうシチュエーションで読むのにたいへん適している。
1日1本ずつ。

この「随筆億劫帳」は、最後の方は座談や講演が収録されているのだけれども、その講演で百閒先生が、視覚と聴覚の境目ということについて語っておられる。
目と耳はどっちが大事か。
耳だと百閒先生は曰う。
聴覚を封じられることは言語を封じられることである、と。
更に話は広がって、目は空間の機関(ママ)であり、耳は時間の機関(ママ)である。
音楽というのは時間の継続の芸術であって、時間がなければ音楽というものは成り立たない、と。

ふむふむなるほどと思いながら蕎麦をすすって、その夜家に帰り、「下流志向」の最後の数頁、質疑応答部分を読んだら、内田樹先生が、それとほぼ同じことをしゃべっている。
なんというシンクロニシティ。
膨大な百閒先生の著作の中のほんの1冊の中のほんの数行に書かれていることと、もしかすると実際にそれを元ネタにしているかもしれない内田樹の、数多い著作の中のほんの1冊の中のほんの数行に書かれた同じ話を、1日のうちに偶然にも一度に読んだ。

……とまあ、そういう話をここに書こうと思っていたのは、もう1ヶ月くらい前なのだけれども、さあ今日こそは書こうと思っていたところ、本日の内田樹先生のブログのエントリーには、なんと百閒先生の話題が。
むむむ、なんというシンクロニシティの連続。

内田樹は、自身と養老孟司と鷲田清一と茂木健一郎の共通点が「おばさん」的知性であるとし、その「おばさん」的知性の代表的存在が百閒先生であると書いている。

内田樹の論法が、少なからず百閒先生の影響を受けているのではないかということは、前から気付いていた。
だいたい、吉本隆明にしても、橋本治にしても、高橋源一郎にしても、内田樹が好んで話題にあげる物書きは、ぼくがこれまで好んで読んできた物書きと、驚くほど一致する。
だからこそ内田樹の文章もこれほど性に合うのだろうと思う。
ポイントはどうやら、「おばさん」的知性、ということらしい。(詳細は樹先生のブログを参照)

百閒先生の「随筆億劫帳」は、あまり取り上げられることはない著作だけれども、実に傑作である。
随筆もいいけれども、最後の座談の部分もとてもよい。
ワケの分からないことを言って相手を煙に巻いているように見えながら、短い中にも含蓄のある言葉の連続であって、またそれが本当に深い意味を持っているようでもあり、単に面白がっているだけのようでもあり。
百閒先生がお金について、貧乏について、音楽について、ちらっと語る。その数行の中に、それだけで何十枚もの分量の原稿が書けそうなアイデアがふんだんに含まれているのがわかる。
この語り口こそが「おばさん」的知性の真髄であって、内田樹が言うように、こういうことをやらせたら百閒先生の敵になるものはまず見当たらないという気がする。

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2007年5月 7日 (月)

今年のゴールデンウィークは

4月28日(土)
田植え。田舎の伯父母宅へヘルプに。
今年は減反がないので、朝から夕方までみっちりかかって植える。
一時的に雨も降ったが、まずまずのコンディション。
田植えの敵は、雨よりも風だ。
暑すぎず寒すぎず、気分よく作業できた。
田植機の操作力が年々向上しているのが自分でもわかる。
子ども達も苗箱を運んだり洗ったりして、少しは役に立った。
稲作も、籾まきと田植えと稲刈りを手伝うくらいなら、レジャーだ。
昼も夜もビール。
肉体労働の爽快さ、というのももちろんあるのだけれども、それ以上に、自分たちの食べるものを作るという、極めて明快な目的のために体を使って作業するということ自体、気分がいいのだと思う。
やはり労働は、その目的と結果がより単純で明快である方が、精神衛生上よい。

4月29日(日)
絶好のレジャー日和。
だが特に何もせず。
午前中は娘と、午後は息子と、自転車で近辺をぶらぶら走り回る。
娘とは公園へ、息子とは商店街巡り。
下手に出かけて渋滞に巻き込まれるよりもこの方が楽しいのだ。と自分及び家族に言い聞かせる。

4月30日(月)
またも絶好のレジャー日和。
だが特に何もせず。
午前中、息子はソフトボールの練習に。
その間、娘と近辺を散歩しながら、公園を3つはしごする。
4歳児にとって、公園とはかくも楽しいものなのか。
何がそんなにおもしろいのか、おとうさんにはわかりません。
午後は久しぶりに息子の宿題とピアノをみてやったら、あまりの不甲斐なさにだんだん腹が立ってきて、時間をかけてみっちり指導。
息子、半ベソ。すまん。

5月1日(火)
休み取った。
が、雨。
息子は小学校、娘は幼稚園なので、昼過ぎまではマンガ読んだりしてだらだら過ごす。
2時頃娘が、3時頃息子が帰ってくる。
家にいて、子どもが元気に学校から帰ってくるのを迎えるのが好きだ。
今日も1日元気に過ごせたか、ケガしたりしてないか、辛い目にあったりしてはいまいか、などとくだらない心配がやっぱり少しはどこかにあって、にこにこしながら帰ってくるのを見てほっとして嬉しくなる。
そういうときに、子どもがいるっていうのはいいなあと思う。

5月2日(水)
出勤。
トラブル発生中で、外へ出たりして、1日中バタバタしたけれども、何とか定時には仕事終える。
夜は、教祖、「3」と飲み。
近頃行きつけの店に18時から入り、24時過ぎまで延々飲む。
常連客や店員を続々と巻き込み、3人で飲み始めたはずが、最終的には10人近くで飲んでいる、という、ここ最近のパターン。
変な店だ。

5月3日(木)
快晴。
昼前にY先生一家が来訪。
昨夜からうちに泊まっている「3」も連れて、みんなで潮干狩りに。
天気がよすぎて暑いのではないかと思われたけれども、海の風はまだまだ涼しくて、実に快適。
最高の潮干狩り日和だ。
うちから車で5分も走れば、潮干狩りに好適な遠浅の海岸に着く。
観光客がバスで乗り付ける辺りにはアサリがばらまいてあると聞くけれども、その代わりに人もごった返すので、数百メートルポイントをずらす。
アサリはほとんど採れないけれども、バカ貝(青柳)は結構採れる。
周りを見ていると、マテ貝を採ってる人がいて、面白いように採れている。
砂の表面を鍬などでさっとかいてマテ貝の穴を見つけ、そこに塩を入れると、にゅっと顔を出す。その瞬間を逃さずにつかまえます。
たいへん楽しい。
マテ貝がこんなに採れるとは思わなかった。準備してくればよかった。
ぼくが子どもの頃は、天然のアサリがごく普通にいくらでも採れて、バカ貝なんぞには見向きもしなかったけれども、今はバカ貝でも採れればありがたい。
砂を吐かせるのが面倒なので、湯がいて身だけを取り出して、その湯の上澄みで1つ1つ砂袋を裏返して洗い、わさび醤油でいただきます。
おもったより美味しかった。

5月4日(金)
せっかくのゴールデンウィークなんだから1日くらいはどこかに連れて行け、というようなことで、朝から車で当てもなく出発。
なるべく渋滞のなさそうな方向へと考え、東紀州に狙いを定める。
狙い的中で、渋滞知らず。
紀勢自動車道が途中までだけどできているおかげで、うちから紀伊長島まで1時間で着く。
特に当てがないので、地図を見ながら適当な海岸の公園で止まって、子ども達を遊ばせる。
この辺りの海岸は砂浜じゃなくて砂利浜なので、嫁も子どももすぐ石拾いに夢中になる。
岩場を探索すると、イソギンチャクやウミウシなどもいるし、小さいウニをつかまえている子どももいた。
「道の駅」でサンマ寿司などを買って、海辺で昼食。
午後は更に南へ1時間強走って、熊野の鬼ヶ城へ。
よくわからないけれども、息子、興奮。
どうもこの奇観がスリリングらしい。
すみからすみまで歩くと相当な距離なのだけれども、4歳の娘も結局最後まで全部歩いて、帰りもまた同じ道を歩いて引き返した。
その後、七里御浜に移動して、こいのぼりを見て終了。
帰りは尾鷲の回転寿司で夕食(美味い)。
海山の古里温泉に浸かって、21時半帰着。
意外と充実した。

5月5日(土)
朝から娘の友だちとそのお母さんが遊びに来る。
家が幼児だらけになって大変なので、息子を連れて2人で外へ。
本屋や博物館や公園に行ったりして時間をつぶし、ラーメン食っていったん帰宅。
午後は息子のソフトボールの練習について行く。
子ども会のソフトボールチームなのだけれども、いまどきは子ども会に入っている子自体がまず圧倒的に少ないこともあって、いくつかの会が合併してやっと1チームできる状態になっている。
上手な子もいるけれども、数が全然足りない。
うちの息子は見ていてどきどきするくらい下手くそなんだけれども、頭数として重要なので、コーチはおだてて褒めたおして、何とかやる気を維持しようと努力してくれているのがわかる。
うーむ。
夜は、一昨日、Y先生にいただいた伊賀牛で、家で焼肉。
伊賀牛、美味い。
松阪より上か。

5月6日(日)
雨。
午前中は自分の部屋の片付け、掃除、衣替え。
午後は子どもの宿題につきあったり、スーパーマリオやったりしてだらだら過ごす。
明日から仕事。
いそがしくなる。
ゴールデンウィーク終了。

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