« 2007年2月 | トップページ | 2007年4月 »

2007年3月

2007年3月29日 (木)

スーパーマリオ64

Wiiのバーチャルコンソール(オンラインでゲームをダウンロードするシステム)でスーパーマリオ64を購入。
やばい。マリオ、おもしろすぎ。

春休みに入って毎日時間を持てあましている息子を愚妻が持てあましている。
今のところ、郊外のバカっ広い公園に連れて行って1日中放し飼いにしておく作戦を連日展開中のようだが、明日からはマリオ漬けになるかもしれない。

自分もちょっと集中的に読書しようかと思ってたんだけども、毎日マリオしてしまいそうでこわい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月27日 (火)

追記

前回の補足。
「だんない」は、古語辞典で引いたら普通に載ってました。
近世語で、「大事ない」の転、とのこと。
なるほど、そういうことか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ひやわい

家と家の間の、軒と軒がぶつかり合いそうな狭い路地のことを、うちの母親は「ひやわい」と言う。
この言葉が昔から気になっていて、調べようとしたこともあったのだけれども、わからなかった。
家と家の間だから、「ひやわい」は、おそらく本来「ひや・あい」であって、「あい」は「間」のことであろうと当たりをつけてみたのだけれども、「ひや」がわからない。
もちろんうちの大辞林にも載っていない。

それが、ふと思い立ってネットで検索してみたら、簡単にわかって拍子抜けした。

「ひやわい」は「ひや・あい」ではなく、「ひ・あわい」であった。
「ひ」は日、「あわい」は「間」。
「家と家の間の、狭くて日が通らないところ」の意らしい。
「間(あわい)」という古語を知らなかった、古文の教養のなさが敗因だ。
名張市には有名な「ひやわい」があるようです。

うちの親父の生家も過疎の農村なのだけれども、ここはなんでも平安時代の語彙が豊富に残されているとのことで、かつては方言の研究家なんかが老人の話を聞きに来たりしたこともあったらしい。
そうした言葉の一部なのかどうかは知らないけれども、確かに17年前に死んだばあちゃんは、耳慣れない語彙をたくさん持っていた。
今でも伯父伯母が部分的に受け継いでいる。

「No Problem、構わない、大丈夫大丈夫」等の意で、「だんない」と言う。
ググってみると、これは関西圏一円で結構広く使われているらしい。
指示内容から、「だん・ない」、つまり「だん」が「ない」のであって、「だん」は「差し障り、支障」等の意ではないかと勝手に思っていたのだけれども、根拠はない。

「始終、何度も何度も」の意で、「せんど」と言う。
これは、語義から、「千度」であろうと考えていた。
ネットでの調査によると、これも関西一円で結構使われている様子だけれども、指示内容に微妙に誤差がある。
京都弁の解説として、『「せんど」は「千度も」いうところから来ていて、量が多いことや時間が長いことを表してます。』というのを発見。「量が多いこと」というのはぼくにはピンと来ないが、まあ同じ言葉か。
しかし一方、高松の方言として、『長い間・たいへんに・大分(だいぶん)。「遷刻(せんどき)」のなまり。』との解説も見つけた。こうなってくると、たまたま同じ「せんど」だけれども、出自は別かという気がしてくる。
出雲弁で、「用例:せんどはほんねあーがとございした。(訳:先日は本当にありがとうございました)」というのもある。これだと、「先度」だろう。
あ、いや、それとも、「せんど」が「千度」で「何度も何度も」というのがそもそも実は自分の勝手な思いこみという可能性もあるか。
よく考えてみたら、正確に意味を確認したことがあるわけではなく、文脈から類推しているだけだから、ばあちゃんは「先だって」の意でしゃべっていたかもしれない。
「せんど」は奥が深いな。

いずれにせよ、このような語彙は、もう20~30年もすれば完全に消滅するのではないかと思う。
「家と家の間の日の当たらない狭い路地」を一言で表す言葉がなくなるのは、たいへん惜しいことだと思う。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2007年3月25日 (日)

小沢信男『悲願千人斬の女』を読む

小沢信男は初めて読んだ。
幕末~明治にかけての千人信心伝説・松の門三艸子、支店の数が妾の数の牛鍋屋王・木村荘平、日本一の狂人・芦原将軍、ご存じ究極の奇人・稲垣足穂、以上4人の評伝集。

内容もおもしろいのだけれども、文章が非常によいのに唸らされた。
小沢信男は昭和2年生まれ、とある。
どうもぼくは昭和ヒト桁と相性がいいように思う。

どの評伝も、大変緻密な調査と極めて理性的な考察に基づいたもので、非常に価値のある仕事だと思うのだけれども、文体は極めて軽妙で、アカデミズムの臭いがカケラもない。
講談風と言うか、落語風と言うか、実にリズミカルですらすらと読ませる。
これぞ昭和ヒト桁の国語力、か。
こういう人を今まで知らなかった不明を恥じる。

小沢信男は遅筆・寡作の人だそうだけれども、すらすら読める文章ほど、すらすらとは書かれていないものであって、さもありなん。

他の著作も読んでみようと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月13日 (火)

阿部謹也『ハーメルンの笛吹き男』を読む

読書は、そのときどきの気分であれこれ読み散らかすので、常時10冊くらいを同時進行で読んでいる感じになる。
さすがに長編ものは2冊以上同時に読むとわけが分からなくなるけれども、随筆でも評論でも小説でも、短文を集めたようなものだと、ついつい気軽に買ったり借りたりして手をつけてしまうので、読みかけの本がどんどん身辺に積み上がっていく。
なおかつ、読み飛ばすというようなことができず、しかも読みかけたものは最後まで読まないと気が済まない。
もう何年も読みかけの状態で放置している本が何冊もあるけれども、まだ諦めたわけではない。
それでいつまで経っても読みかけ本の山が減らない。
もともと読むのもひどく遅い。

この本を読むのも1ヶ月くらいかかった。
文章がよくなくて、すらすらとは読みにくいのと、にもかかわらず内容は非常におもしろいので、じっくり丁寧に読んでしまったせいもある。

「暗黒の中世」というような言い方は知っているけれども、何がどういうふうに暗黒だったのか、極度の世界史音痴なのでよくわからない。
この本を読んで、ヨーロッパ中世の庶民や下層民のおかれた状況が、少しはわかった気分になった。

今も昔も、やっぱり西欧人というのは、一般論としてたいへんに野蛮な人々だと改めて思う。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年3月 8日 (木)

わが家に Wii がやって来た!

息子はこの春で小学校3年生になるけれども、これまで本格的なゲーム機は与えずに乗り切ってきた。
それっぽいものは、たまごっち1個と、去年のクリスマスに買ってやったドラゴンボールの単体のテレビゲームだけだ。
そのドラゴンボールのゲームだけで、十分すぎるほどサル化することがよくわかったので、今後もしばらくは与えないつもりだった。

息子がうちに連れてくるガキどもは、ほぼ例外なくみんながDSやゲームボーイを持ってくる。
それにぴったりへばりついて、卑屈な態度で「やらせて、やらせて」と懇願する息子を見るのは、確かに情けない。
卑屈になるのではなく、脅して奪えと指導するのだけれども、どうもできないらしい。

息子が我々に対して何度も試みるのは、「自分だけゲーム持ってないから、みんなの話についていけない」などと言って、同情を引く作戦だ。
しかし、その手には乗らない。
そんなこと、実は大して気にしてないに決まってるからだ。

しかし。
じいさん(うちの親父)が、この作戦に引っ掛かった。
見事に引っ掛かった。
「それはかわいそうだ。今度の誕生日に Wii を買ってやる」と、すぐに約束してしまったらしい。
かくも孫に対しては盲目になるものか。

DSでないのは、まだよかった。
持ち歩いて、どこに行ってもゲームばかりされてはかなわない。
なぜプレステではなく Wii だったのかはよくわからないけれども、理由はおそらく、じいさんがたまたま Wii のことだけは知っていたということだと思われる。
値段の問題もあるかもしれないけれども、じいさんや息子がプレステと Wii の価格差を認識しているとも思えない。

ともあれ、以来、息子は誕生日を心待ちにし、始終じいさんに確認の電話を入れた。
そして、買うとは決めたものの、Wii はどこへ行っても品切れになっているのが通常で、そう簡単にいつでも買えるものではないということもわかってきた。

うちの親父は、モノを買ったり飯を食ったりするだけのために、行列に並んだりいくつもの店を探し回ったりするようなことが、絶対にできないタイプの人間だ。
買うとは約束したものの、実際に入手するのは難しいのではないかと思われた。

しかし、孫のこととなるとかくも必死になるものなのか、じいさんは、ぼくがこれまで一度も見たことのないような行動力を見せた。
大型電機店等を何軒も回り、結局どこにも売っていないとわかると、最後に行ったトイザらスで、入荷情報を連絡するようにと話をつけてきた。

愚妻が聞いてきた噂では、通常、毎週水曜とか木曜とかに入荷し、土曜の朝に店頭に並べるらしい。
そして、土曜のうちに全部売り切れてしまうそうだ。

じいさんの携帯には、金曜日にトイザらスから電話が入った。
「緊急入荷したのでお越し下さい」とのことだったらしい。
トイザらスのような大規模店が果たしてそんな細やかなサービスをやっているのか、ちょっと信じにくい話だけれども、うちの親父は、どんな店に行っても命令形で値切ったりするような人間なので、店員を脅したのかもしれない。
もともとコワモテで、ぼくが子どもの頃はうちに親父がいると友だちが遊びに来ないこともあったくらいだし、自分が商売人なので、相手の足元を見て退路を断つような追い込み方をするのも上手い。
昔は親父と一緒に買い物すると、たいへんに恥ずかしい思いをした。

ともあれ、そんなわけですんなりと Wii がわが家にやって来た。

ぼくのゲーム体験は、初代プレステの「パラッパラッパー」で止まっている。
Wii をセッティングしてみて、その高機能ぶりに愕然とした。
ネットにもつながるのか。
しかも、子機とか何にもつけなくても無線でつながったぞ。
早速マリオカートとぷよぷよ、ダウンロード。
リモコンの使い勝手のよさは、未来の国にやって来たようだ。
天気予報とニュース、すげえ。グーグルアースみたいに地球をぐりぐり回せる。
メールもできる。
Wii でこんなんだったら、プレステ3とかはどんなことになってるんだろうか。

拡張性もあるようだ。
Wii、すげえ。
これは楽しい。
見た目もいい。
かつての任天堂デザインからすると、ずいぶんアカ抜けた。
おまけに小さいから場所とらない。
なんてかわいい機械だ、Wii。

まだまだソフトが少ないけれども、今後のラインアップを見てみると、なかなか期待できそうだ。
マリオもそのうち出るに違いない。
周辺機器もいろいろ買いたいのだけれども、これまで頑なに禁止してきた手前、息子の前ではそうそうはしゃいでもいられないのがつらいところ。
とりあえずは2人で対戦できるように、コントローラをもう1つほしい。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007年3月 3日 (土)

吾妻ひでお「うつうつひでお日記」を読む

結局、火水木と休んで、今日は3日ぶりに出勤。
まだ完治ではなく、喉の腫れ・痛みは残っているけれども、もうだいたい何でも食べられるようになった。
主観的には8割方治った感じなのだけれども、水曜に病院に行ったら、「まだ全然ダメ」と言われ、抗生剤も5日分渡されて、「絶対に飲むように」と釘を刺される。
タバコも控えていますですよ、さすがに。

でも、いい休養にはなった。
これだけ休むと、仕事もやる気出ます。

3日間は、寝ては読書、寝ては読書の繰り返し。
カタい本は頭に入らないので、吾妻ひでおの「うつうつひでお日記」などを読んだ。

失踪して、アル中で入院して、家に戻された、それ以降で、「失踪日記」がバカ売れする以前。
その間の、心身共に調子悪く、仕事も少なくて貧乏している、ひたすらだらだらしていた時期の日記マンガだ。
ちょっと仕事したら嫌になって散歩して、図書館で本借りて読んだりテレビ観たりしては昼寝して、酒は飲めないから毎日アイス食って、調子悪くなると抗うつ剤飲んで、眠れないから睡眠薬飲んで寝る。全編ひたすらその繰り返し。

いっしょにしては悪いけれども、病気でただひたすらだらだらしている自分となんとなくシンクロするような気がして、こういうコンディションで読むには最高のチョイスであると思いました。

この本によると、吾妻ひでおって、膨大な量の読書をしているのに驚くのだけれども、その読書の趣味が自分とはことごとく合わない(笑)。
そもそも、吾妻ひでお的なロリコンマンガ(?)自体がぼくには皆目わからないのであって、本来かなり違う人種なのだろうと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年2月 | トップページ | 2007年4月 »