2009年10月25日 (日)

新潟出張

先週は、木・金と1泊2日で新潟へ出張。

そもそもぼくは、齢42にしてさえも、これまで本州では埼玉より北へ行ったことがない。
より厳密に言うと、越谷より北へ行ったことがない。
学生のときに、友達の家へ泊めてもらいに行った。
それが越谷だった。
北海道は、公私において何度か行ったことがあるけれども、それはやはり飛行機で行くのであって、本州の地面は、越谷より北を踏んだことがない。

だから、仕事とは言え、新潟に行けるのはちょっと楽しみだった。
出張の前後はめちゃくちゃに忙しくなるのだけれども、出張している2日間はほとんどが移動であって、実に楽な日程だ。

朝9時に名古屋を発つ。
東海道新幹線で、11時前に東京に着く。
そこからすぐに上越新幹線に乗り換える。

おお、これが上越新幹線か。
10両編成だ。
ビジネスマンが少ない。
乗ってる人、7割くらいが観光っぽい。
昼間っからビール飲んでる人も多い。
みなのんびりしている。

外の景色がすごい。
越後湯沢を過ぎると、特にすごい。
新幹線の駅なのに、周りが緑ばっかりだ。
駅前にスキー場があったりする。
誰も降りない。
誰も乗ってこない。

2時間弱で、初日の目的地である長岡に到着。
立派な駅だ。
でも、人が少ない。
構内も、駅の周りも、ほとんど人が歩いていない。
田中角栄ワインなるものが売られている。さすが。

夕方に仕事を終えて、すぐにまた上越線で新潟まで移動。
駅前のビジネスホテルに投宿。

新潟人はどんな言葉を話すのだろうかと興味津々だったのだけれども、仕事の相手も、ホテルの人も、みな普通に標準語を話す。
まるでおもしろくない。

荷物を置いたら、同行の2名といっしょにすぐ外に出て、6時前、あらかじめ調査してあった居酒屋へ。
新潟と言えば、何をおいても酒、魚だろう。

のどぐろ(赤ムツ)の刺身と焼き、鮭の白子焼き、柿の素(食用菊のおひたし)、女ガニなどを次々と注文し、ふだん飲めないような銘柄の地酒を片っ端から順に持ってきてもらう。
さすがにどれも美味い。
酒、それぞれ味は全く違うのだけれども、どれも美味い。
なんちゅうか、味は違えど、どれも一様に味が澄んでいる気がする。

のどぐろの刺身、めちゃうま
ちょっとタタキみたいにしてある。
その香ばしさ、そして身はトロのようにとろける。
焼いても味が濃い。

いちおう興味をそそるメニューは全て網羅したが、お代は1人5000円程度であった。
安い。
ネットでリサーチした店だったので不安だったけれども、正解だったようだ。

そのまま2軒目へ。
2軒目はリサーチしてなかった。
同行2名と相談して、その辺で適当に入る。

また刺身。
最後に寿司も少々。

新潟は、魚が美味くて米も美味いのだから、寿司も美味くてしかるべきだ。
しかし、そうでもなかった。
魚は美味いのだけれども、寿司を握る技術は、この店にはなかったようだ。

さらにホテルに戻ってからも、テレビ観ながら1人で缶ビールと缶チューハイ飲んじゃって、すっかりべろんべろんになって寝る。

2日目。
朝ゆっくりなので助かった。
なんとか宿酔いから立ち直った状態で仕事に向かうことが出来た。

9時過ぎにホテルを出て、昼前には仕事終了。
新潟駅周辺の寿司屋に入って昼食。
昨夜の2軒目で食べた寿司に納得いかなかったので、リベンジのつもりだったけれども、やはり感想は同じだった。
魚は美味しいんだけれども、寿司としてはどうも……。
どこかに美味い寿司屋が絶対にあると思うのだけれども、2日間ではたどり着けなかったらしい。

酒と土産少々買って、午後イチの上越新幹線で東京へ。
酒は、昨夜1軒目で飲んだ「〆張鶴」と「麒麟山」というのを買った。
もちろん自分用。
土産は笹だんご。

帰りの上越新幹線は、Max っていうんだったか、とにかく2階建ての車輌だった。
爆睡。
東京まで2時間強。
そこからまた名古屋まで2時間弱。
名古屋からうちまで1時間。

肩がめちゃくちゃに凝った。
まっすぐ家に帰らず、荷物持ったまま、うちの近所のいきつけの居酒屋にまた寄って、生ビールと焼酎飲んでから帰る。

翌日、土曜なのに出勤。

でもまあ楽しかった。
のどぐろの刺身が忘れられない。
またいつか食べに行けるといいなあと思う。

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2009年10月 6日 (火)

ホッピーとキンミヤ焼酎

今年の夏もホッピーをよく飲んだ。

ホッピーというのは首都圏あたりの文化らしく、学生で上京したばかりの頃は、ホッピーの看板をそこいら中の飲み屋の店先で見かけても何のことだかよくわからなかった。
結局、東京にいた間もほとんど飲んだことがなくて、地元に戻ってからはなおさら見かけることすらなくなっていたのだけれども、ここ数年、このあたりのスーパーでもちらほら売られるようになってきた。
プリン体ゼロ、というのにもちょっと惹かれて、2~3年前から家でも夏場はよく飲んでいる。
居酒屋では、まだこの辺でホッピーを飲ませる店は見たことがない。

そして、いつの間にやら、ホッピーはキンミヤ焼酎との組み合わせがベストであるというのが定説になったようで、この夏は、このあたりのどこのスーパーに行っても、大々的にホッピーとキンミヤ焼酎が並べて売られていた。
キンミヤ焼酎は、地元の酒造メーカーの酒だ。
甲類焼酎にそれほど繊細な味の差があるのかどうかよくわからないし、ましてやホッピーで割ってしまえば微妙な誤差は吹き飛んでしまうような気もするけれども、まあホッピー本社も認めているらしいから、そうなのだろうと思う。
確かにキンミヤ焼酎は、甲類の割にはレトロなラベルがいい感じで、少なくとも並べた感じの見た目の雰囲気はホッピーにとてもよく合う。

ネットでちらっと検索してみたところ、全国各地のみなさんは、このキンミヤ焼酎を入手するのにわりと苦労されているようだ。
ここいらでは逆で、キンミヤ焼酎はたいていどこのスーパーにでも売っている。
むしろ、ホッピーの方に苦労する。

ぼくは黒ホッピーが好きなのだけれども、それがなかなか売っていない。
世間には、55ホッピーなるものもあるそうだけれども、そんなのは飲んだことすらない。
あと、東京の居酒屋なんかで出てくる業務用のホッピーなんかも関東圏では普通に売っていて、しかも割安だという。
うちの近辺で売っているのは、黄色いラベルのホッピー330というやつばっかりで、しかもそれが1本120円とか130円とかする。
首都圏では100円以下が当たり前らしい。
低価格であるというのは、ホッピーにとってとても大事な要素であって、それが1本130円もしたら、買う気がなくなる。

ホッピーは、焼酎もグラスも冷やしておいて、氷を入れずに割ってかき混ぜずに飲む、というのが正しい飲み方らしい。
それも今年まで知らなかった。
やってみると、なるほどこれも一理あるっていう感じ。
確かに、ビールの代用品として飲むならこれが正しいのかもしれないけれども、もっと違う飲み方があるような気もする。

いずれにせよ、ここ数日急に涼しくなって、もう今年はホッピーは出番はなくなったと思う。
余ったキンミヤ焼酎をどうやって飲もうか思案中。

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2009年9月27日 (日)

松田聖子 Blu-spec CD を買う

世間はビートルズのリマスターで賑わっているようだけれども、それとほぼ時を同じくして、松田聖子の旧作の Blu-spec CD化も進行中である。
ビートルズの方はほとぼりが冷めてから徐々に入手することにして、まずは松田聖子の最高傑作(と自分は思っている)『パイナップル』を購入した。

なんせ松田聖子の旧作CDは、これまで、まだまだデジタルのマスタリング技術が未成熟であったずっと昔にCD化された廉価盤しかない状態がずーっと続いており、デジタルリマスターは誰もが待ち望んでいたはずだ。
初期の松田聖子は、アナログオーディオの技術が最高レベルに達した80年代前半に、当時のCBSソニーが贅沢なスタッフを注ぎ込んで全力を挙げて製作した音源であって、本来、オーディオ的にも非常に満足のいくものである。
それが極めてお粗末なCD化技術(まあ当時はしょうがなかった)で、実に貧相なサウンドとなってしまっており、しかもその状態が20年くらい続いていたのではないかと思う。

満を持しての、ついに、いよいよの、リマスタリングである。
ビートルズ同様、大物はそうおろそかに手をつけられない、というのが、遅れた理由だろうか。

でも、1枚3000円は高い。
ビートルズより高い。
何枚か欲しいけど、1枚だけにした。
1枚だけならやっぱりこれ、『パイナップル』。
という話はずいぶん前にも書いたように思うので、『パイナップル』がどういいかについては省略します。

音はもうこれで申し分ない。
太くなった。
前が、ほんと情けないくらいペラッペラだったから、感慨無量。

おまけのDVDは、しょぼい内容です。
こんなおまけいらないから、値段下げて欲しい。
ブックレットは、たぶんアナログ盤のものが忠実に再現されています。
実家においてあるアナログ盤の中味と比べてみてはないけど。たぶん。

初期の代表曲だけでもこのリマスタリングされた音で聞きたいので、ちょうどよいベスト盤でもあればいいのだけれども、30日に発売のベスト盤『Diamond Bible』は4枚組で6300円。重すぎ。
そこまで松田聖子にこだわりません。
Disc 1 だけ売ってほしい。

昔、というのは80年代だけども、当時は『SEIKO INDEX』という初期のベスト盤があって、これが非常に素晴らしい選曲だった。
が、このアルバムは、ぼくの知る限り、1度も再発されていない。
これのリマスター盤があれば、1枚で事足りるのだけれども……。

なかなか商売上手のようである。

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2009年9月 7日 (月)

磯崎憲一郎『終の住処』

ずいぶん前に読了していたのだけれども、「あれぼくの先輩なんですよ!」みたいな話を周辺の人々にしまくる日々で(笑)、なんとなくここでは触れずに過ごしてきてしまいました。
時機を逸してしまったので、ごく簡単に感想を。

個人的には、前の『世紀の発見』で既に賞は獲っているべきものだったと思っているので、現実に獲ってしまった今となっては、まあ当然だろう、と。
後出しじゃんけんで。

一読した感想は、とにかく、これまでの作品に比べて更に読みやすくなったな、ということだった。
兄さんの小説の作法みたいなのは、基本的にデビュー作の『肝心の子供』から変わっていないと言えば変わっていないのだけれども、客観的にも、そして恐らく兄さん自身にとっても、あ、これだな、的に完成を見たのが3作目の『世紀の発見』だったのではないかと思う。
1,2作目の時点から既にあったものが、3作目でかなりはっきりした形になって、たぶんあの時点で兄さん的には、この書き方でいくらでも書けるな、というような感触が得られたんじゃないかと想像する。(ご本人に直接否定される可能性も想定しながら書いてますけど(笑)。スリリングだわ、このブログは)
そうしたご本人のすっきり感が作品にもそのまま反映されて、『世紀の発見』は、発表当時にもそう書いた気がするけど、前2作と比べて格段に読みやすくなったと思った。
読みやすくなった上に、更に深みも増した。だから、あれは本当に傑作だと思って、もうこれで芥川賞でいいじゃないか、と思った。

『世紀の発見』にはそういう愛着のようなものがあるし、ああいう「少年」もの(?)にもともと弱いというのもあるので、兄さんの作品でいちばん好きなのは?と聞かれれば、あれを答えると思う。

が、受賞作『終の住処』は、その『世紀の発見』よりも更に読みやすい作品だった。
それは結局、兄さんが兄さん自身の小説作法にさらに熟達してきたということであって、さらに洗練されてきたということに他ならないのだろうと思う。
おそらく兄さんは、しばらくはこのレベルの作品を連発できる、この書き方で当面どんどんいけるのではないか。

兄さん本人は、よく、「最初の一文だけ書き始めることができれば、あとはグルーヴで書く」といったような言い方をしておられるし、実際そうなんだろうけれども、グルーヴで書くって言っても、そこには当然ストラテジーもあれば作法もあるはずで、全くノリだけで書いてるわけではないはずだ。
要するに、そのグルーヴの方向づけって言うか、ノリをコントロールする術は絶対に必要で、そのグルーヴの作り方みたいなもの、ノリの持っていき方みたいなものを、兄さんはかなり意識的に、はっきりつかんだのだと思う。
それが完成したのが『世紀の発見』で、『終の住処』はそれが洗練されたものである、と。
そう思っておりますよ、兄さん(笑)。

しかし、いくら読みやすくなったと言っても、昨今の世間一般の小説の中では、圧倒的に読みにくい作品のはずだ。
それが、もはや13万部という、純文学においては例外中の例外的な、驚異的な売り上げだという。

兄さん、どこまで行くんすか。
今度サイン本送って下さい(笑)。

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2009年8月23日 (日)

CDと赤ちゃん

世の中の赤ちゃんは、大きく2つに分類することができる。
CDを投げる赤ちゃんと、投げない赤ちゃんだ。

うちの1人目の息子は、CDをよく投げる赤ちゃんだった。
伝い歩きができるくらいになると、CD棚につかまって仁王立ちし、1枚ずつ引っ張り出しては、次から次へと足元へ放り投げる。
その頃、息子の手の届く範囲内にあったCDは、ほとんどケースが割れたりヒビが入ったりした。

仕方がないので、最後にはCD棚を覆う赤ちゃんプルーフの囲いを段ボールで製作した。
これで防ぐことは出来たが、自分がCDを取り出すのに不便で仕方がなかった。

また、そのような状況だったので、これから赤ちゃんが生まれるという友人・知人がいると、CDをガードするのが大変になるぞ、などとよくアドバイスしたりしていた。

ところが、その後、全ての赤ちゃんがCDを投げるわけではないということが段々にわかってきた。
自分の経験を安易に一般化してはいけなかったのだ。
普通に棚に置いてあるけど全然平気です、というような意見の方がむしろ多い。

実際、次に生まれた娘は、CDを全く投げない赤ちゃんだった。
もはやCD棚を段ボールで囲う必要はなかった。
これは触らないでね、と言えば、すぐに理解することができた。
その代わり、娘は、ところ構わずシールを貼りまくる赤ちゃんであった。
独身の頃に思い切って買ったアンティークの文机までもがシールまみれになった。

さて、それから6年のインターバルをおいて我が家に誕生した2人目の娘。
どうやら、とてもよくCDを投げる赤ちゃんのようだ。
疳の強いところも、1人目とよく似ている。

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2009年8月21日 (金)

子供手当

子供が3人いる。
今年小5、小1と1歳。

民主党が政権を取ると、初年度である来年度は、子ども手当が月々26,000円×3人÷2=39,000円。1年で468,000円。
本格実施になる2011年度からは、月々78,000円で、年間936,000円(!)。
小5の長男が中3になる13年度まで3年間これが続く。
この時期はウハウハですな。

14年度からは2人分になって、月々52,000円、年間624,000円で、これが17年度まで4年間もらえる。また、長男の高校の学費も無料だ。
ここもまだまだウハウハ、かな。

その後18年度から23年度までの6年間は、月々26,000円、年間312,000円。
この間、真ん中の娘の高校の授業料は無料だけども、長男が大学に進学しているとしても、そちらは手当がない。
すると、ここは微妙。
長男が国公立大学に進学するというのはなんとなく想像しにくいので、都会の私立大を想定すると、むしろかなりきついに違いない。
特に、続いて真ん中の娘も大学に進学する21年度は相当きついと思われる。

うーむ。

そもそもこれから当面の5~6年、ちょっともらいすぎじゃない?(笑)
いや、完全1馬力で、乳幼児も抱えるために嫁がパートにも出られない我が家にとっては、これでやっと月々の工面に心を痛める生活が和らぎそうだけれども。
だから、我が家のことだけ考える分には、ありがたいんだけども。
でも、これ、現行の児童手当と同様、3期に分けて、4ヶ月分まとめて支給されるのよね。
30万とか一気にもらったら、間違った使い方するだろうな、おれは、絶対。

で、所得制限、ないんだよな。
年収2000万クラスのエリートサラリーマンでも、子供3人いたら、さらに100万上乗せでしょ。
大和総研の試算では1000万クラスの高所得層の手取りが大きく増えるっていうニュースがあったけど、確かに冷静に計算してみると、これでいいのかなあ、と。

おそらく、財源確保のために、我々公僕の給与は相当カットされると覚悟もせねばなるまい。
それに、扶養控除や配偶者控除の廃止も、多少は影響するはず。
すると、当面はまあよくても、子供たちが次々に大学に進学して、いちばん金の必要なときにいちばん困窮しそうだなあ。

ま、その頃まで民主党政権が続いているというのも想像しにくいけど。

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2009年8月20日 (木)

ST上昇

若い頃から心臓に自信がない。
そもそも心肺機能が弱くて、小学校の頃から長距離走が苦手だった。
中学校ではバスケをやってそれなりに訓練になっていたはずだけれども、高校でスポーツをしなかったのもよくなかったかもしれない。
若い頃の鍛錬は重要だと、いまになって思う。

20代初め頃には、既に徹夜がきつかった。
睡眠時間が短いと、翌日、胸がどきどきして仕方がない。
無理するとどうにかなってしまうんではないかという気がする。

コーヒーを飲むと、やはりどきどきしてくることが多い。
飲みながらタバコ吸ったりすると、急に身体が冷えるのが実感できる。

キューピーコーワゴールドとかアリナミンAとかの栄養剤みたいなのもあまり合わない。
やっぱり心臓がどきどきしてくる。
学生の頃は、そういう錠剤を通常の倍の量服用して徹夜する、というようなことをときどきやったけれども、確実にどきどきした。

職場での定期健康診断では、1年目から心電図でひっかかった。
最初のうちは、「不完全右脚ブロック」というのがよく出て、「要経過観察」と書かれた。
説明を求めると、別に何の異常もなくてもよく出る所見なので気にすることはないだろうとのことだったので、さほど気にしてなかった。
だいたい毎年この「不完全右脚ブロック」が出るのだけれども、「異常なし」の年もあった。

30代に入ってからだと思うのだけれども、今度は「右軸偏位」という所見で「要指導」と書かれるようになった。
が、これもよくある所見とのことだし、異常なしの年もあるので、特に気に留めていない。

ところが今年は、初めて「ST上昇」という所見が出て、しかも判定は「要精密検査」を通り越していきなり「要医療」と来た。
もともと心臓には自信がないところへ、「要医療」というのはショックが大きい。
この判定を見ただけで心臓がどうにかなりそうな気がする。

毎年気にしていたのは、心電図ではなくて尿酸値だ。
例年、7.2~7.6くらいの間をうろうろしていて、ここ数年はずっと「要指導」になっていた。
それが今年は、日々の自転車通勤が奏功したか、ついに基準値内の6.8を達成した。
去年引っかかっていたLDLコレステロールも基準値内に戻っている。
飲酒量は以前よりもむしろ増えているし、タバコもやめていないけれども、肝機能も脂質も完全に基準値におさまっている。
心電図の「要医療」には、これらの好結果を台無しにして余りあるインパクトがある。

そもそも「ST上昇」とは何か。
すぐにネットで調べてみたが、どれも専門的すぎていまいちよくわからない。
心筋梗塞とか狭心症とか、恐ろしいことばかりが書いてある。
そう言われれば、ここ半年か1年くらいの間に、夜中、動悸で目が覚めたことが2~3回あった。
不意に目が覚めると、なんだか無性に心臓がどきどきしている。
すぐにおさまるのだけれども、いやーな感じだった。
不整脈みたいなのも、ときどきある。
激しい運動をしているわけでもないのに、ドックンと強い脈が1発来て、その前後に一瞬脈が飛ぶ。
それだけのことなので、特に気にしていなかったのだけれども、STが上昇しているとなると、今更ながら気持ちが悪い。
うーん、何だよ、STって。
下降してるのも嫌だけど、上昇もしてもらいたくない。

だいたい、うちの親父の家系は心臓が弱い。
ばあちゃんは、ある朝、突然発作を起こして、布団で突っ伏して死んでいた。
親父がちょっと歩いただけですぐにしんどいと言って休むのも、心臓が弱いからだろう。
おれのSTが上昇するのは、その血を受け継いでいるからに違いない。

そういうわけなので、早速今日は午前中休みを取って(精密検査は特別休暇が取れる)病院へ。
心電図をまたとりなおしてからエコー検査を受け、診察に進む。
心電図のとき、看護師が「うーん、確かにそんな感じかも……」と、やはりSTが上昇しているらしき発言をもらす。
ということは、やっぱりたまたま健診のときの測定が変だったというわけでもないらしい。
どきどきしながら診察室へ入る。
心臓に悪い。

が、結果的に医者はえらく軽いノリであった。
「ま、大丈夫でしょ。心電図の結果の異常と心臓の異常は別だからねー。はははー」てなもんであった。
要するに、原因はわからないけれども、特に異常がなくても「ST上昇」と判定される人は間々いる、ということらしい。

たぶん大丈夫だろうけど動悸もちょっとあるみたいだから、一応ホルター心電図検査もやりましょうとのことで、24時間心電図を記録し続ける機器を身体に貼り付けられた。
いま、電極4個と万歩計くらいのサイズの心電計をぶら下げてます。
これ、そう言えばうちの親父も何度かやらされてたわ。

とりあえずはひと安心だけれども、24時間風呂に入れないのはつらい。
電極と心電計は付け心地が悪く、仕事に身が入らない。
それに、今日の診察だけで、8千円以上かかった。
このホルター検査にもさらにまたかかるはずだ。

これ、来年もSTが上昇してたら、また同じように再検査させられるんだろうか。
今度はそっちの方が気になってきた。

健康診断は結果的にあまり心臓によくないのではないかと思う。

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2009年8月 5日 (水)

『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』内山節 を読む

我々が歴史を記述しようとするとき、現在の価値基準に左右されることなく、史実に対して真に客観的であることはほぼ不可能である。
特に近代の歴史学は、政治史や制度史が中心であり、中央の歴史学であって、従ってそれは必然的に発達史となる。
現在の価値基準に包まれている我々から見れば、例えば江戸時代は、経済的にも、科学・技術的にも、人権意識においても、現代よりも「遅れた」「未開の」時代であったには違いない。
しかしそれは、現代の価値にからめ取られた我々に固有の、ごく一面的な判断でしかない。
実際のところ、江戸時代の村民が、どのような意識で、どのような精神世界を持って生きていたのか、本当のところは結局わからない。
少なくとも、「電気もガスも水道もないから不便だなあ」などとは思っていなかったことは確かだろう。
もしかすると、江戸時代に生まれた方が、精神的にはずっと豊かで幸せだったかもしれない。

1965年を境に、キツネにばかされるという話が日本中から消える。
キツネにばかされるはずがない、昔の人はそんな迷妄の中に生きていたのだ、というのは、現在の価値基準に束縛された、偏狭な見方でしかない。
むしろ、我々の方が、キツネにだまされるという意識の在り方、キツネにだまされることもあるという自然観や世界観を喪失してしまっている、という見方もあってしかるべきだ。

キツネにだまされなくなった、という事実は、確かに「発達」でもあるのかもしれないが、同時に「後退」でもある。
いや、歴史というのは現実には複合的なものであって、そもそも発達も後退も何もないのだろう。
アメリカ合衆国の建国と発展も、ネイティブ・アメリカンにとってみれば破滅の歴史でしかない筈だ。

では、現代の我々には理解不能になってしまった、かつてキツネにだまされていた人々を包んでいた世界というのは、いったいどのような世界だったのか。
そうした問題を捉えてみようとするのが、歴史学ではなくて、歴史哲学である。


……とまあ、ごくごく大雑把に言うとだいたいそのようなことが書かれている。
とてもいい本だった。
色んな本を読む前の、基本的な教養書として、若いうちに読んでおくのがいいと思う。

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2009年7月15日 (水)

芥川賞!

磯崎兄さん、ついに受賞!
絶対とるだろうと思ってたけど、やっぱり。
すげえ!

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2009年6月14日 (日)

高校生ともう1曲

実はもう1曲ありました。 以前このブログで紹介したこともある、Yole Yole というインディーズのバンドの名曲、「星降る橋」です。 これも完全にぼくの趣味につき合わせましたが、この曲は、ボーカルの子の良さを活かすために選んだつもり。 リハ不足でぼくがギター何度も間違えてるのはご愛敬。ちなみに、エンディングを間違えたのはぼくじゃないです(笑)。 でも、もう1本のエレアコの高校生も、自分の高2のときを思い出すと恥ずかしくなるくらい、ちゃんと弾ける子です。とにかくリズムがいいので、抜擢しました。

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